暴走の始まり
その日の夜、ぼくは自分の部屋のベッドに突っ伏していた。緊張していたからなのか、練習の見学だけでもやけに疲れたような気がした。
プロレス部のメンバーは皆親切で、男子部員が他にいないというのが少し引っかかってはいたけれど、これから頑張って行けそうな気がした。そんな矢先のことだった……。
…………
ミノルが用足しから自室に戻ると、彼のスマートフォンが狂ったように通知を繰り返していた。その日二度目のことだった。
一度目は、練習後にプロレス部のLIMEグループに入って改めてメンバーと挨拶を交わしたものだったが、二度目の今回は「みんなでAsk」というアプリのものだった。
これはSNSのような形式で、質問と回答によってコミュニケーションを図るアプリだが、ミノルはアカウントを作って一度だけツウィーターでアドレスを呟いたきりで結局一度も質問が来ず、そのまま放置していた。通知はほぼ1分おきにやってきており、既に10件以上の新規質問が来ている。
ミノルは、アプリを開いてみた。来ていた質問はすべて匿名からのもので、最初の10件は以下のようなものだった。
『こんにちは!』
『千光寺 姫子さんの好きなところを教えてください。』
『ある日目が覚めたら千光寺 姫子さんになっていました。どうします?』
『なんで無視するんですか?』
『この世界で一番汚いとみんなから言われているあなたに質問はありません。』
『ゲロ温泉に入ってろ。』
『消費税上げるならあなたを国外に追い出して欲しいです。』
『生まれてくる時代を間違えましたね。』
『GODだ。貴様はエラーによって生まれてきた生物だ。削除する!』
『私、閻魔大王の補佐官です。あなたにはもう生きている権利はないので早く殺されなさい。』
その後もほぼ一分おきに質問の体を成していない支離滅裂な罵倒が次々と押し寄せ、一時間ほどしてようやく収まった。
「何なんだこれ……」
と、ミノルは思わず一人呟いた。
二番目、三番目の質問を見る限り、質問者はミノルのことを知っており且つプロレス部の部長である千光寺に関係のある人物であること、つまり恐らくはプロレス部の関係者であることは明らかだったが、誰の仕業なのかは皆目見当がつかない。考えても詮無いことなので、今日のところはベッドに入ることにした。明日部室に行けば、きっとわかることだろう。
「なんで質問に答えないの!?」
少し早めにプロレス部にやって来たミノルが部室に入るなり、制服姿の姫子が食って掛かってきた。他の部員たちはまだやって来ていなかった。
「は?」
あまりに唐突な詰問に、間の抜けた声が出てしまった。
「あれだけ沢山質問したのに、なんで答えないのよ!?」
「あれって千光寺さんが書いたんですか!?」
「そうだよ!」
「昨日だけで60件くらい来てましたけど、全部千光寺さんが?」
「そう!」
「どうしたんですか一体?」
「あんたに聞きたいことがあったから質問しただけよ」
「質問でも何でもないじゃないですかあれは!」
「うるさいわね!文句は私に勝ってから言いなさい!」
「はぁ!?」
「ほら、リングに上がりなさい!ハンデとして右手は使わないであげるから!」
姫子は、まるで蝶のようにフワリとトップロープを飛び越し、リングの中に入るとミノルに向って手招きした。