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道場

 ミノルが通う神楽高校は、少なくとも県内において最大のマンモス校で、その敷地は巨大な大学並みの広大さを誇り、標高100mほどの小さな山がその中に鎮座している。陽の登っているうちは常に太陽の光に照らされているその山を、生徒たちは日なた山と呼んでいた。

山の中腹にある3~40m四方ほどの平坦な場所には、まるで寺か何かのような作りの、森に囲まれた正体不明の建造物があった。その周辺には他に何もないため、寄り付く生徒も殆どいなかったが、夕方になると、時折大きな物音や人の叫び声が聞こえるという噂があった。


「ここで良いはず……なんだけど」

ミノルは昨日少女から手渡された、プロレス部部室の場所が記された紙切れを片手に、日なた山の中腹まで来ていた。

眼前には、寺の本堂を思わせるような外見の木造建築物が、静かな林の中にひっそりと佇んでいた。

「あの……すみません!」

意を決して上げたミノルの声が、木々の間に響いた。

間を置いて、建物の中から物音と人の足音が聞こえ、やがて正面の戸がガタガタと大きな音を立てて開いた。

「はい、何かご用でしょうか?」

入り口から顔を出したのは、見知らぬ少女だった。

ほんの少しだけ茶色がかった、背中に触れるほどの長さの髪を後ろでまとめ、学校指定の臙脂色のジャージを身に纏っていた。

「プロレス部の練習場って、ここで良いんですか?」

「そうです」

「部長の千光寺さんに来るように言われたんですけど……」

「あぁ、あなたが橋塚さんですね。部長から聞いています。こちらへどうぞ」

クルリと奥の方へ振り向いた少女の髪がふわりと舞い、シャンプーの香りがミノルの鼻をくすぐった。

「あの……こちらです」

「は……?あ、はい!」

まるで花のような心地よい香りに、ボーっと突っ立っていたミノルは、少女の声に慌てて歩き出した。


通された先には、100畳ほどの広い畳敷きの空間があり、その真ん中にリングが据え置かれていた。リングの周囲にはバーベル付きのベンチやパワーラック、エアロバイクなどが設置されている。

「やっぱり来たね、橋塚クン。待っていたわ」

リング上では、姫子をはじめとした数人の少女が大きな声を出しながら柔軟体操をしていた。

「準備運動が終わったら皆に紹介するから、そこに座って待っていてくれる?」

姫子は、リングの脇に置かれたソファーを指差して言った。

ミノルがソファーに腰掛けると、先程入り口で応対してくれた少女が、ペットボトルに入った緑茶を盆に載せてやってきた。

「外は暑かったでしょう?お茶をどうぞ」

「あ、ありがとうございます」

緑茶を受け取りながら、ミノルは言った。

「この辺りは、結構暑いんです。入部されるなら、水分はたくさん摂った方が良いですよ」

「はい。あ……自己紹介がまだでしたね。僕は橋塚ミノルって言います。1年6組です」

「ご丁寧にどうも。私は石嶺 桜といいます。1年14組です」

「じゃあまだ入部したばかりなんですね」

「ええ、私はマネージャーとして入ったので、試合は出ないんですけどね」

「へえ、そうなんですか。これからよろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

「終わったわよ。橋塚クン、こっちに来て」

姫子の声が練習場に響いた。


「今回、新しく入部してくれることになった橋塚ミノルくんよ。皆、仲良くしてあげてね」

リングの真ん中に腰を下ろしたミノルを手で示しながら、姫子が言った。

「橋塚クン、この子がうちの副部長で、私と同じ3年生の園生 朱鳥。打撃と関節技の専門家よ」

「……よろしく」

長身にショートカット、口元をきつく結んだ凛々しい顔立ちの少女が言った。

「この子は2年生の小山 ヒカル。空中殺法が得意なの」

「橋塚くん、よろしくね!」

小柄で肩に着くほどの長さの髪を両端で縛ってある、小動物を思わせるような顔立ちの少女が言った。

「この子は1年生の磯島 奏。同級生だから、仲良くしてあげてね」

「どうぞよろしく」

腰まで届くほどの長さの髪を持ち、前髪を横一文字に揃えていて、日本人形を思わせるような顔つきの少女が言った。

「そしてこっちの子がうちのマネージャーで1年生の、石嶺 桜」

「改めまして、よろしくお願いします!」

桜が溢れるような笑顔をミノルに向けて言った。

「よし、それじゃあ練習に入りましょう。橋塚クンは、今日は見学ということで、引き続き寛いでいてね」

「はい」

「……桜ちゃんに手を出しちゃダメよ?」

姫子は、ミノルに顔を近づけると、耳元で呟いた。

「な……なに言ってるんですか、そんなことするわけないじゃないですか!」

ミノルは顔を真っ赤にして、慌てて答えた。


……


今思うとその時、もしぼくが曖昧に笑って誤魔化していれば、向こうも弁えていたのかもしれない。今反省したところで、どうにかなるわけではないけれど。とにかく、ここでムキになって否定したことで、彼女のスイッチが入ってしまったことは確かだ。

事件はその夜、突然にやってきた……。

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