人間軍vs字無 巡 その1
「隊長、目標はまだっすか」
「安心しろ。もうすぐだ。」
魔王城に大使をよこした翌日、しかも日が昇るよりも前に、人間軍は四方から進軍していた。
通例であれば、総攻撃をする前に大使を送って日程を知らせ、戦闘開始前に降伏した場合、王族の処刑のみで済ませて戦争終結を図る。
だが、今回は人間と魔族の戦いで、魔族の生き残りなど一人も出す気がないし、相手もそれがわかっているため徹底抗戦の構えだ。
よって嘘の情報を伝えて、準備が整う前に襲うという作戦。
「魔族ってどんなのかな? 早く殺してみてぇなぁ」
「俺は奴隷だな。捕まえたら好きにしていいってんだから」
南から攻めてる軍、規模は五千人程度に召喚者は百人近く。
常盤学園の周辺に魔法が発動したため、高校生が多くなっているが、老若男女問わずの編成だ。
さっきから喋っているのは召喚者達で、洗脳されたのか、元々そういう性格だったのか、欲望丸出しの馬鹿げた会話ばかりを続けている。
勇者だ、世界を救うんだと言われ続けて、いい気になってる連中を眺めて、隊長や一般兵は蔑んでいるのだが、それにも気付かず、ただ自分に酔っている。
この集団は個々の能力が高い烏合の衆だった。
もうすぐで城下町が攻撃圏内に入るというところで、集団の前に一人の男が立ちすくんでるのが見えた。
隊長は止まれの指示を出したが、その男が魔族側の領域内に召喚された"無能な"連中の一人だとわかり、進軍を再開する。
「まったく……人間ってのは目先に欲を満たす物がぶら下がってると、こうもクズクズしくなるもんかね」
字無 巡は遠く離れているにも関わらず、兵士達の声が聞こえているようで、その馬鹿さ加減に呆れていた。
そして、おもむろに懐からスマートフォンに似た物を取り出して起動、周辺の地図が映し出された画面を丸で囲む。
「範囲はこのくらいで、時間は十分かな? 難易度はeasyっと。んじゃ、開始」
設定を終えると、画面が光り出して辺りを包む。
それは先ほど巡が地図に描いた丸の範囲まで広がり、中にいた人間を異空間へと封じ込めた。
「お、成功。まぁ別に失敗しても良かったけど」
結果に納得し、一人ごちる巡とは裏腹に、人間軍は大混乱だ。
草原にいたと思ったら、空が黒く淀んで、景色が歪んでいる荒野にいるのだから無理もない。
そこにピエロが現れる。
「悪夢の世界へ、よぉぉぉう・こ・そ!」
そのピエロは、大仰な仕草と大声で、人を驚かす事を生き甲斐にしているという役目を実行した。
人間軍にとっての悪夢が、もうすぐ始まる。