大使
「そういう訳です」
「えっとぉ……いいんですか、正直に言っちゃって? 私達は人間ですし、今のが事実なら、そちらの味方になる場合、リスクが大きいって考えるのが普通だと思いますけどぉ」
菖蒲の考えももっともで、この状況で魔族側に付いたら、通常は死ぬと考えるべきだし、運よく生き残っても、この世界で生き辛くなる。
なにせ人間が支配してる世界で、元とはいえ反逆者になる訳だから、まともな生活は送れなくなるだろう。
「もしも私どもと闘って頂けるのであれば、相応の」
シャラが言い終わる前に、部屋の扉が乱暴に開かれた。
「おぉ、いたいた。この私を待たせるなぞ失礼であろうが」
「おやめください、大使殿!」
そこにいたのは、いかにも聖職者といった服装に憎たらしい顔の男と、トカゲが二匹。
「おや? この国では大使に危害を加えるのか。さぁ~すが魔族、卑劣なものだな!」
「……下がってよいぞ」
「しかし!」
「構わぬ」
リディアの言葉に一礼し、部屋を後にするトカゲ。
「失礼をした、大使殿。」
「まったくだ」
「しかし、刻限は夜。そちらとの会議は明日であったはずだが?」
「なに、ちょっとした用件でね。こちらに召喚者がいるはずだから、引き渡してもらいに来たんだよ」
男は五人に目を向け、やたらと芝居がかった動きをしだす。
「おお、貴方達ですか! 我等の手違いで、このような汚らしい魔族に捕まってしまうとは、お詫びのしようもございません! さあ、さっさとこんなところを後にして人間のいる国へ参りましょう!」
そこに集まるのは同意の意志ではなく、冷めた視線であった。
「大使殿。連絡のない深夜の訪問、さらに客人への説明無き態度。いくらなんでも無礼であろう」
リディアに窘められると、鼻をフンッ! と鳴らして、不機嫌さを隠そうともしない。いかにも小物感がする男だ。
だが、窘められた事は無視し、懐から水晶の欠片を取り出して、前に差し出した。
「この水晶が貴方達の運命を導いてくれます! さあ、我等と一緒……に……? ……あ?」
急に様子がおかしくなる男に対し、リディアとシャラが顔を見合わせる。そこに男の呟きというにはデカい声。
「全員、特殊スキル無し……で、能力も普通……? なんだ、ハズレか。あ~、どうされますか? 一緒に来ますか?」
あからさまに落胆して、やる気もなくなった男に五人が返答する。
「俺は止めておく」
「僕も」
「やだね」
「遠慮させて頂きます」
「お断りしますぅ」
全員が断ると思ってなかったのか、少しだけ驚きの表情を見せたが、すぐにつまらなそうな顔へと変化させて、適当な挨拶だけ済ませて出て行った。
その際、小声で"捕虜にした方が楽しめるしな"という旨の発言をしたのを五人は聞き逃さなかった。