人間軍vs月薙 菖蒲 その1
「何故だ! 何故、我が軍は撤退しているのだ!」
叫ぶのは空を翔る竜に跨がる男、竜騎士隊の隊長だ。
先ほど魔王城に向かい、四方から攻めていった人間軍だったが、突然消え、再度現れたり、桃色の空間が出現して爆発を起こしたり、光が走ったり、途中で動かなくなったりと……
異常事態が起きているのは予想が付くが、遠い空の上からでは詳しくは不明で、しかも広範囲にわたるため、援護しようにも出来ない。
「隊長! こうなったら我らだゲャーー」
意見を口にしていた男は珍妙な言葉を発し、あの世へと旅立っていった。
竜騎士隊が進む高度より、更なる高高度から巨大な突撃槍が降ってきたせいだ。
その大きさは大人一人を余裕で隠せる程で、当たった男は潰れ、その騎乗竜の皮と肉を破り、背骨と内臓を貫いた。
断末魔さえ上げられず墜落する竜へ目にも留まらぬ速度で迫り、突撃槍を回収する影。
背中には翼が生え、ルーン文字が刻まれた鎧と腰巻きを纏い、闘い死んでいく者への使者――戦乙女が姿を現した。
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数千年前、天界で神と悪魔の戦争が行われていた。
神の尖兵である戦乙女は、自身も戦争に参加して戦わねばならないが、一番の役割は人間界に降り立ち、英雄と呼ばれる人間の魂を天界へと引き上げ、悪魔と戦わせるというものだ。
神に従い尽くす事を至上の喜びとする戦乙女。
その中で唯一、疑問を持ったセレナという者がいた。
彼女は死んでまで戦いに利用される魂を哀れに思い、何度も神への嘆願を行ったが、答えは決まって"口出しをすることは許されない"のみ。
ついに反逆者の烙印を押され、天界を追放された彼女が知った事実。
ーーそれは神が神であるためだけに起こしている戦争だという事。
通常であれば、死んだ魂はすぐに輪廻転生するため、神といえども簡単に手は出せないが、天界で死んだ魂は行き場無く彷徨うのみ。
しかも悪魔との戦いで"存在の格”といわれる魂の価値を示す物が凝縮されていき、それを吸収する事で力を保ち続けていたのだ。
セレナは英雄の魂や悪魔――自分と同じく反逆者の烙印を押され、地獄へと堕ちた元・神とともに天界の神々と戦い続け、最後に残った最高神オーディンとの決戦で相討ちとなる。
だが、神を倒し、吸収される事なく彷徨い続けた魂は、時を越えて月薙 菖蒲へと転生し、知識と能力を受け継いだ。
菖蒲とは、神を殺す力を持ち、神を救う力を持った戦乙女である。