人間軍vs杠 瑞希 その2
――音のない世界が辺りを支配する。
風や木々の音すら空気を読んだのか、今は聞こえてこない。
確かに見た目は超美少女、実態は三十歳の男が変身したら、こんな風になるのも必然である。
「あ、うん、えっとね? とりあえず用件を言うね? 魔王城に攻め込むのはやめてほしいんだ。僕も暴力は好きじゃないし」
そこまで大きくない声のはずだが、すべての音が消えたような草原に響き渡った。
「……前進」
隊長は瑞希の要望を拒否するように力なく命令を発し、進軍の合図と共に人間軍が大きく動き出す。
「やっぱり、こうなっちゃうか。ごめんね」
ステッキが高く掲げられたが、人間軍は歩みを止めず、むしろ何をしているのかわからないといった感じで、殺気立っている者すらいる中、瑞希は魔法を唱える。
「スターボム!」
空が瞬き、絵に描かれたような先が丸まった星が、数十、数百と現れ、地面目指して墜ちてくる。
どこから見ても平面に見える星は、大人一人より大きいくらいだろうか?
突然の現象に、兵達は唖然としながら眺めていたが、地面か、あるいは兵に接触すると爆発音とともに破裂した。飛び散る指、腕、脚、目玉、内臓、肉片、血液、脳漿――衝撃に触れた者は無惨に死ぬしか道はなかった。
「助け――」
「俺の脚がぁ!」
「嫌だ、置いていかないで! 死にたグギャ!」
その場にいた者は等しく、死を感じていたが、隊長だけは突撃して瑞希に剣を振るう。これが魔法であれば、術者を止めればいいと判断したためである。
そして、その判断は正しい。
「なっ!?」
止められればの話だが。
甲高い音が鳴る先には、ステッキで剣を防ぐ瑞希の姿。
この人間軍の隊長は幼少の頃より腕を磨き、この異世界で剣聖と称される人物に、短い間ではあるが手ほどきを受けた事もあり、実力に自信があった。
それが目の前の女児の細腕とすぐに折れそうな玩具で受け止められたのだ。
「これでもまだ引いてくれないかな?」
驚愕の表情が変化していく。
舐められている、この女児に!
頭の中が屈辱で満たされ、憤怒というのも生温いような形相へと成り、二の太刀を振るおうとするが、
「んしょっと」
「ガハァッ!」
剣よりも先に、瑞希のステッキが唸りを上げ、鳩尾を捉えた。
距離にして50mは下らないだろうか。
遠く離れた場所へと強制移動させられ、血反吐を吐きながら不様に転がる。
「隊長! 退却を!」
駆けてきた副隊長が回復魔法を使いながら促す。
「ぐ、ぐうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……! 退却だ! 退却しろぉっ!」
血管が切れているんじゃないかと思うほど、顔を紅に染めて退却命令を出す。
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「やっと去ってくれた。ん~……これくらいの被害で済んで良かった」
魔法を止め、退却する人間軍を見送る瑞希は、殺しすぎなかった事に安堵した。