人間軍vs朱鷺宮 梓 その2
「なんだこれは! 一体、どうしたというのだ!?」
「わ、わかりません! 急に倒れたとしか……!」
先頭を行く者達が地面に突っ伏し、のたうち回る光景に騒然となるが、不可解――梓にしてみれば当然の話だが、原因が分からない。
理由もわからないまま攻撃するのは無謀と考えていた隊長だが、
「う、うわああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
新兵同然の召喚者の一人が叫びながら突撃し、それに他の兵も続いていく。
「馬鹿が! 何も見ていなかったのか!?」
慌てて進軍中止の命令を出すが、勢いが付いた兵達は止まらず、梓へと向かっていく。
一人ならば数で押せると思ったのか、単純に初めての戦場の空気に当てられたのか。どちらにしても愚策としか言いようのない特攻に呆れ果て、梓は再び弓を構える。
矢を放つ度に、人がどんどんと倒れていく最中、人間軍の隊長と冷静な判断が出来る者は後退を始める。
そうなると、残りは前へと進むしか脳がない連中ばかり。
それを大量に打ち倒していき、ついには攻める者は誰一人としていなくなった。
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「う……あがっ……! 脚が……腕がぁ!」
地面を這いずり回る内の一人である男子生徒は呻いていた。
一番最初に突撃したメンバーの一人ではあったが、二回目以降の攻撃による流れ弾も当たることはなく、辛うじて命を長らえることができた強運持ち。
そこに足音がどんどんと近付いてくる。
体力を振り絞って顔を上げると、巫女装束を着た女性の姿。
「と……朱鷺宮……」
この男子生徒は梓に憧れていた。
もしも元の世界であったなら憧れるだけで良かったのかもしれない。
卒業して淡い思い出を噛み締めながら、いつか他の誰かと結婚して生きていったのだろう。
だが、世界は非日常になった。
届かないはずの思いは、自分次第で叶うはずだった。例えそれが、どれだけ歪な形であろうと……
「ふぅ……こんなもんかしらね」
違和感。
続く痛みと止まらぬ冷や汗を一瞬とはいえ忘れてしまうほど、いつもと違う雰囲気を纏った梓に衝撃を受けた。
「だる……さっさと風呂に入りたいわ」
「朱鷺、宮?」
知らず、喉の奥からは声が発せられた。
蚊の鳴くような声にも関わらず耳に届いたらしい梓は、男子生徒の方に向き直り歩いてきた。
その手は長い棒状の物を掴むような形になっており、恐怖心を煽る。
「まだ喋れるくらいには体力あるんだ? 運がいいのか悪いのか」
「おま、性格が変わっ……」
梓は溜息を付き、手に持った薙刀を振り下ろす。
刃で断ち切られた脳は考えるのを停止する寸前に思った。
詐欺だ、と……
「猫かぶるのも疲れるわぁ……そうだ、この世界だと気兼ねする必要ないんだから、もう止めりゃいいのよね。」
名案とでも言いたげに、外面を取り繕うのを止めた梓は鼻歌混じりに、その場を後にした。