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六つの指輪が集うとき  作者: 石野西
二日目 歪んでゆく。いや、正常になってゆく
6/9

喧騒に紛れる異質

「……自習にします。皆さん静かに、指示があるのを待っていって下さい」

 そう告げて教師は急いで教室から出て行ってしまった。


 その瞬間、不思議に直面した多くの生徒たちは急速に動き始めた。好奇心に突き動かされる野次馬タイプの生徒、急激な状況の移り変わりに戸惑う生徒、難題の中睡魔に襲われていたために状況が理解できていない生徒。それぞれが動く。そして、最初に挙げた野次馬タイプの生徒たちは次々と窓際に向かっては、続々と悲鳴を上げ、または驚愕する。


「え、なに?」

「分かんない、見にくい……でも、何かが野菜園に落ちたみたい」

「おい、人じゃね? 女子の制服じゃん、あれ」


 窓の下の方には、野菜園と名付けられた自作のビニルハウスがあるのだが、その天のビニルが大きく破れている。もちろん、昨日には無かったものだ。

 斜めから見ると壁部分の半透明なビニルによって見えないが、真上から穴を覗くと、その中の状況が見える。



「飛び降りだっ」

 誰かが叫んだ。


 青空の席からは当然外を見ることは出来ない。彼の前に座る友人は気になって仕方が無い様子だが、それでも野次馬にはならないといった感じで落ち着かずにいる。席を立たずとも、クラス中の生徒たちは全員状況を理解したようだ。

 青空はチラリと夏美の方へと視線を投げかけた。真面目な彼女は席を立つことも無く座っている。しかし、どんなに真面目な人間でも、これだけの騒ぎが起こる中で何事も無かったかのように振舞うのは異常だろう。

 そう、彼女は窓の方を見ることも無く、ただ机の上の一点をぼんやりと見据えていたのだ。

 他の生徒たちはそんなことに気が付くはずも無くこの現状に飲まれていった。


「教師の皆さん、至急最寄の会議室へとお集まり下さい。」

 全国各所にて統一されているのではと思われるチャイムが鳴り響き、焦りの見える声で校内放送が流れる。このような放送は前代未聞だ。

 ざわつく生徒も多い。青空のクラスは特にだろうが、教室の外からも廊下を通って不安や興奮が流れてくる。

 幸いなことに、この岡海高校の生徒のほとんどが真面目であるため、聡明なことに騒ぎを大きくする人はいないようだ。


「どうなるんだ、こんなこと初めてだ」

「……さあ。僕らには待つことしかできないだろうね」


 冷静な青空は、何となく生徒が群がる窓とは反対の、廊下側の扉を眺めながら言った。

 青空には他人と大きくずれている部分がある。一つは、思考が先行して自分の制御を越え、自身が理解するよりも先に事象を考察していく箇所。

 そして二つ目に、他人の事となると冷血なまでに感情が思考と分離され、誰が何をどう感じたのかという事よりも、なぜそれが起こったのかという事実へと思考が向かう箇所だ。


「よく思うけどさ、お前って、ホントに冷めてんのな」

「よく言われる。だから友達が少ないんだろうね、僕。現に、クラスでも友達なんて呼べる相手は赤銅だけだよ」


 赤銅。しゃくどうと読む、珍しい苗字だ。銅に金を数パーセント加えた合金であり、日本の伝統的な工芸品に用いられることがある。彼の先祖が工芸に携わる人だったのだろうか。

 こんな事態の中でごく普通の世間話ができる赤銅も大概だと思ったが、青空は口にはせず相変わらずに廊下を見ている。

 それは、無意識にこの喧騒から思考を分離させ、冷静さを保とうとする心が無理に引っ張っているかのようだった。


「誰だ、あれ。死んだよな、あれは」

「う、ううぅ。……っ」

 最初にこの事件を発見した女子生徒は気分が悪そうな様子で座り込んでいる。そして彼女の周りには友達数人が囲うようにして彼女を介抱している。

 無理も無いだろう。彼女はそもそも気の弱いタイプの人間だ。


「どうなんだ、これ?」

「どうって、事件だろ。警察とか、テレビとかさ」

 事態が明確化されるにつれて、より騒然としてゆく教室内。不安と恐怖、愕然と興味が入り混じる空間で、数人を除いてクラスメイトたちは興奮しているようだ。

 結局のところ、二時間目の開始を告げるチャイムが鳴ってさらに十数分経つまで教師は戻ってこず、異様な状態が各々のクラスで続いていた。

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