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六つの指輪が集うとき  作者: 石野西
二日目 歪んでゆく。いや、正常になってゆく
5/9

一人目。

「おはよう」


 憂鬱を残しながら彼方は登校した。教室のほぼ中央に彼の席がある。

彼方や夏美が通うこの岡海高校は、O市でもトップクラスの大きさを誇る県立高校だ。校舎は五階建ての本館。そして本館から渡り廊下でそれぞれ北館と南館が繋がっている。校舎の西側にはグラウンドがあり、東側には正門とそこから伸びる校舎玄関への道。北館の更に北には、テニスコートとハンドボールコートがある小グラウンドがある。一学年に対し七つのクラスがあり、そして一クラスに対し約四十人ほどの生徒が在籍している。


「おう。……なんか元気ねえな」

 彼方の前の席に座る男子生徒が言った。スマートフォンで何やらニュースを読んでいるようだ。


「ちょっとね」

「そうか。……そういえば、これ返すわ。俺にはなかなか難しい内容だったけど、すげえ面白かった」

 そう言って彼はバッグから一冊の本を取り出した。

「ああ。読むの早いね」


 彼から本を受け取り、彼方は自分の通学鞄に仕舞う。

 青空家の書斎には数多くの本が並んでいる。もともと父の部屋であったのだが、不要な生活家具を売却し本棚を並べたのだ。小説や図鑑や漫画、それぞれジャンルは問わずに詰め込まれている。

 そろそろ部屋の床の心配を始めた方が良いだろうか。


「明日にでも、続き持って来るよ」

 青空家書斎の中でも、姉弟共に特に気に入っている小説シリーズである、円フラス著のT&Nシリーズ。その第一作目を彼に貸していたのだ。貸したのは二日前。

 専門的な話題も少なくない一冊で、読む人が人なら一週間はかかるだろう。


「おう、頼むわ」

「うん」


 彼方が頷き席に座ったその瞬間。教室の扉を開き夏美が入ってきた。いつも通りの時間だ。

 彼女は毎朝時間ギリギリにやって来る。今日も、夏美が着席した瞬間にチャイムが鳴り響いた。


「……昼休みにで、いいか」

 彼方は机の上に置いてあった彼女のノートを静かに通学鞄に仕舞う。

 間もなくして担任の教師がやって来て、いつも通りに朝のホームルームが開始された。



           ●



 数十分後。授業は一時間目の最中。化学の授業だ。

 青空の得意科目の一つである。現在黒板には数多の化学式が並んでおり、多くの生徒は頭を悩ませているようだ。

「……つまり、この場合は……」

 担当の教師が更に化学式を増やしてゆく。簡単な反応の式で係数を考えるといった内容の授業だ。一度意味さえ理解してしまえば何一つ難しい点は無いのだが、目に見えない世界の現象を普段使用しない記号を用いて解いてゆくのは、苦手に思ってしまう人も多いことだろう。


 そんないつも通りの時間を、一人の生徒が崩した。


「あえっ……」

 勢いよく立ち上がる一人の女子生徒。窓際で前から二列目に座る彼女は、立った動きで倒れた椅子など気にもせずに外を見ている。

 視線の先は真下。

 当然の事ながら、教師だけでなく教室にいる全員の視線が彼女へ釘付けとなった。

 両手を握り締め、顔は力が入ったように震えている。


「どうした、体調でも……」

「きゃーっ」

 口を開いた教師の発言を大きく遮り、今度は窓際三列目の女子生徒が、甲高く耳障りな叫び声を上げながら立ち上がる。


 「ひ、ひとが……あかくて、おちて……そこ、したに」

 最初に立ち上がった女子生徒が、目を見開き息絶え絶えに言った。教師に訴えるように涙目になりながら、窓の外の下を指差す。

 普通ではないと判断した化学教師が窓際に寄り、彼女が指差す先を覗き込んだ。それにつられて他の窓際の生徒たちも何気なく下のほうへと視線を投げる。

 既に、三列目の女子生徒は泣きながら突っ伏していた。

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