落ち着かない心臓
青空遥は車を走らせていた。もう自宅はすぐそこ、時間にして四分。愛車のマシダのアタセラをいつも通り運転する。シフトレバーは三速に入っている。
「ん、あれは」
遥は運転席側の窓を開け、前方を同方向へ走る少年に近付いた。
「彼方。すぐそこまでだけど、乗ってく?」
「あ、ああ。……姉さん」
随分と息が切れている。どこからか長々とここまで走ってきたのか、それともよっぽど全力で走っていたのか。
「ありがとう」
彼の横で停止された車の後部座席へと乗り込む。辺りはここ数年で住宅が建ち始めた交通量の多い太い国道から一本入った静かな場所なため、後続車や対向車の心配をすることも無く一時停止が可能だった。
ドアが閉められたのを確認してから遥はギアを一速に入れて車を走らせ始める。
「なんで走ってたの?」
「……ちょっとね」
「そう。……。そういえば今日、茄子をたくさんもらったよ。久しぶりに天ぷらでも作ろうか」
バックミラー越しにチラリと彼方の方へ視線を投げて、遥が言った。
彼方がふと助手席に目をやると、確かにビニル袋に茄子が詰められている。
彼方は現在、姉の遥と二人で暮らしている。父親の九州への異動に伴って両親は引っ越してしまった。遥は大学、彼方は高校に合格してすぐのことだった。そのため、二人は地元であるこの愛知県岡海市に残ったというわけだ。
この生活を始めてもう二度目の冬を目前にしている。
「冷蔵庫に何があったっけ?」
「天ぷらになりそうなのは……。エリンギとかシシトウとか。大葉も確かあるし、このあいだ貰った椎茸もあるよ」
自宅の台所を思い出しながら答える彼方。
彼方は、姉を尊敬する人物の一人と考えていた。他人の心中を察するのがうまく、理解力もあり主張ははっきりとした、ありきたりな言葉になるが、とてもよく出来た人だ。
微かにだが、彼方の鼓動は落ち着いたように思えた。