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アリスがベルに頼んだ後、程なくしてクリスはやってきた。
そして、ベルには退席してもらい、少しの沈黙があった後久しぶりに二人で会話を始める。
「クリス、説明してもらえるかしら」
「何のことでしょうか?」
「エリックから聞いたのよ。全員まとめて振ったらしいじゃない」
「え?あ、ああ……」
クリスは少しだけ驚いた様子があったものの心当たりがあるらしい、少し面倒な表情をさせながら苦笑いしていた。
「どうして振ったりしたの?クリスは貴族じゃないのだし、彼らなら交際してみてもよかったと思うのだけれど」
「それは……」
クリスが珍しく返答を躊躇う。そして、その姿にアリスは首を傾げた。
特に理由が無ければ、これまでのクリスなら好きな人がいるからとか相手をそういう風には見れないからといった感じにそれとなく話を反らすだろうと考えていた。
しかし、クリスはぐっと堪えて手を握り締めている。
何か隠している?
その反応にアリスはため息をついて言葉を続ける。
「クリス、あなたまだ誰とも付き合ったことないでしょ。ルイスはともかく好意をもってもらったんでしょ。それによく知っている人なんだしクリスに好きな人がいないなら付き合ってみてもいいと思うの。何だったら私が間を取り持ってもいいわよ」
「それは……」
クリスは何かを耐えるように俯いている。
そういえば、クリスは記憶を取り戻したとか言っていたわ。もしかして、出会う前の村に好きな男の人でも?それでも普段そういう返答はのらりくらりと上手く笑顔でかわすのがクリスな気がするんだけど。
なんともクリスらしくない返答や様子にアリスが再びため息をついた。
「クリスらしくもない」
妙に返答を躊躇うクリスにアリスは少し苛立っていた。クリスが返答できないことはアリスに相談することができないことなのか。
そのことさえわからない状況にアリスはもどかしさを感じていたのだ。
どうしたものかアリスは俯くクリスを見つめる。そしてその空気を破ったのはクリスの方だった。
「……せに」
「え?」
クリスの言葉を聞き取れなかったアリスはキョトンとしてしまった。
そしてクリスがじっとアリスを見るとクリスは何かを決意または覚悟したような目をしていた。
その姿を見てアリスはできるだけ優しい笑顔で返して語りかける。
「クリス、好きな人がいるなら私に相談でしてくれていいのよ」
アリスにとっては善意で言った言葉だった。何か悩みがあれば言ってほしい。ただそれだけだった。
そして、クリスの返答はこうだった。
「……できませんよ」
その言葉はアリスにとってあまりに辛い一言だった。
これまで、何度も助けたり助けられたりし、信頼してきたはずなのに突然見えない壁ができたような。
プライベートに執拗に干渉するつもりはなかったものの、何も話してくれないことがアリスは悲しかった。
「そう……私ではなたの力になれないの……」
アリスに選択肢など最初からなかった。ただ、潔く諦めたいものの、悲しい感情が表にでてしまいそうで笑顔で返せそうになかった。しかし、クリスはアリスの方をじっと見続けその言葉だけではおわらなかった。
「だって……だって私はアリスさんが好きだから」
「え?」
クリスの言葉を聞いたアリスが呆然とした表情をする。クリスが何を言っているかわからなかったのだ。
そして、最初が追いついていなかった言葉にじわじわと理解が追いついてくると今度は驚きと焦りが遅れてやってきた。
クリスに他に好きな人がいることはわかっていたものの、アリスがその相手だったなど、普通に考えて思いつくはずが無い。
「く、クリス、何を言っているの。だ、だって私達は女性同士だし」
「だったら!だったら私が男であればよかったのですか!」
そんなことを聞かれても答えようがなかった。
もし、クリスが男だったら同じようなことができただろうか。クリスはそうしたかもしれないが、やはり同じという訳にはいかなかっただろう。しかも、この返答はアリスの回答しだいで二人の今後とローズ商会の命運が決まってしまうのだ。
今後も主従関係となるのか、恋愛関係となるのか、それとも……
そして、その返答がローズ商会にどう影響を及ぼすのか。
他にも問題は沢山あり、返答するには考慮するべきことが多すぎた。アリスは返答に詰まる。
「そ、それは……」
そういうのが精一杯だった。アリスはどう判断することもできず顔を俯ける。
そうだと知っていれば最初からこんな質問しなかった。アリスはただただ後悔したが、クリスが出した質問は取り消すことはできない。出された選択肢は選ばなければならない。もし、選ばないという選択肢は現実から逃げただけ。それは相手に判断を委ねるということであり、クリスは恐らく悪い方向を想像するように思えた。
アリスが返答を躊躇っているクリスが先に言ってきた。
「すいません。忘れてください……それでは仕事がありますので」
そう言うクリスは礼をしてアリスの答えを待たずに部屋を出た。
そして、クリスが退出した姿をただ見届けるしかできなかったアリスは退出を確認した後呟く。
「クリス、忘れるなんてできないわ。もう知ってしまったのだから」
アリスの目から涙が滴り落ちてきていた。




