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あの日からアリスに迷いが生じた。

今までただひたすら規模の拡張をし、大きくなれば信用できる担当者を選任して任せていく。

そして大きくしたら何をやりたかったのか。


……わからない。


それがアリスの答えだった。


「私、商会を大きくして何をしたかったのかしら……」


アリスは思わず頭を抱える。大陸一の商会にするのはこの世界で一番を目指すようなもの。だったらその1番になった人が何を考えるかなんて考えたこともない。だってアリスは追いかける側だったのだ。振り返ってみればわかることだが皮算用なんてしている余裕などなかったのだ。急に見えてきた夢が手に届くところまで来たと知ったときアリスは達成が近いことを感じつつもいざ一番になったときの喪失感に恐怖を感じていた。


「ま、まあまだ一番じゃないし」


余計な考えをしている自分を否定するかのように首を左右に振り考えることを中断する。

そして手で両頬を軽く叩くと考えを切り替えた。


「そう、なったらなったときに考えればいいのよ。今は一番を目指すだけ」


こうして再び仕事に専念することにした。




それからも順調にローズ商会は取引先を伸ばし、規模を拡大していっていた。

相変わらず主力は石鹸だったものの、カルロスにいるディオンの装飾品も日を追うごとにバラエティが豊富になり、一部ではローラン王国でも入荷販売していくようになっていっていた。入浴事業に関してもクリスに一任しているためか問題も起こっていない。また、貴族の噂に関してもエリックやロザリーを通じて特に問題が起こってないとの報告を受けている。

順調な売上拡大、拡大に見合った商品の回転、これまで必要となってきた資金調達も逆に返済していく方向へと向かっている。

後は経営を現場の担当者の判断を信用し、維持をしていけば貴族という富裕層を取り込んだローズ商会は確実に大陸一になることは目に見えていた。


「あとは待つだけか……」


本日の仕事も終わり、クリスの報告書を見て呟いていると突然会長室のドアを開ける音が聞こえた。

ベルやクリスなら確実にノックしてから入ってくる。誰だろうと顔をドアの方へと向けてみるとそこにはアイリスがいた。


「こんばんわ」

「こんばんわ」


お互いに笑顔で挨拶をする。本来であればノックのことを注意すべきなのだろうが相手がアイリスだと自然と許せる気がした。


「突然どうかしたの?」


ずかずかと入ってアリスの前にやってきたアイリスに首を傾げながら尋ねた。


「ええ、来週今度はみんなで入浴しようと思って」

「あら、いいわね」


アイリスからの突然の誘いにアリスは微笑みながら賛同する。その様子をみてアイリスは笑顔を見せご満悦のようだった。


「でも、みんなの予定は大丈夫なの?それに営業時間とかも」

「みんなにはこれから聞く予定かな。あと、営業時間は問題ないよ。決まったらまた連絡するね」


つまり、今回はアイリスが幹事で入浴を楽しむことになるらしい。それに営業時間は問題ないと自信満々に言っていたことから何か考えがあるのだろう。アリスの返事を聞いたアイリスは笑顔で手を振りながら急いで部屋を退出していった。


「……も、もしかしてこれからみんなのところへ聞きに行くのかしら」


気づいて慌ててドアから外を見るが、アイリスの姿はもうなかった。


「……だ、大丈夫かしら。大丈夫よね」


アリスは自分に言い聞かせるようにして頷くと会長室へ戻り、今日の仕事は片付けて自分の部屋に戻ることにした。




そして、翌日。


「アリス様!聞いてくださいよ!」


ノック音と同時に入室し、珍しく取り乱しながら敬語と態度がかみ合ってない状況で近寄るベル。その様子に困惑しながらもアリスは宥めるようにして聞く。


「ど、どうしたのベル。そんなに取り乱して」

「どうもこうもないですよ。昨日の夜アイリス様が突然来たんですよ!」


 ……やっぱりかあ。

 アリスは顔が少し引きつる。


「ああ、私のところにも来たわ。けどどうしてそんなに取り乱しているの?」

「そりゃ怒りますよ。ウィリーに送ってもらっていい雰囲気になったとき、突然アイリスさんが『やあ』て手を振ってきたんですよ」「そ、そうなの」

「女神様なら空気くらい読めと思いませんか」

「え、ええそうね」

「あとちょっとだったのに……」

「ところでベル」

「はい、何でしょうか」


ベルはまだ憤慨しているようだったものの、アリスの話を聞く余裕はあるらしい。

アリスは先ほどの言葉で気になったことを言葉を選びながらおそるおそる聞いてみる。


「あのね、その……ベルとウィリーてお付き合いしているの?」

「へ?……あ」

「ま、まあ別にいいのよ。ただ監督責任の都合で知りたいだけで」


アリスの問いにベルは先ほどまでとは打って変わって顔を赤くしながら俯いた。


「ま、まだそう言った関係じゃなくてその……」

「そ、そうだったの。ありがとう」


つまり、まだ付き合うところまでは行っていないらしい。なるほど、それで邪魔されれば怒るわけだとアリスも納得する。

一方のベルは口が滑ってしまったことを後悔しているらしい。


「す、すいません。それでは私も次の仕事がありますので」


そういうとそそくさと会長室を出て行った。


え、それを言うだけに来たの!?


呆然とするアリスに続いてドアをノックする音が聞こえ人が入ってきた。ロザリーとメアリだった。


「おはようございます」

「おはようございます」


お互いに笑顔で挨拶を交わす。


「あら、ロザリーどうしたの」

「ええ、まあ、前回のような失敗がないようにと思いまして」


前回という言葉に思い当たる点があった。恐らくクリスと気まずくなった件についてだろう。


「それで、何を気をつけるべきかという話をメアリと話していたらアリス様とも共有した方がいいと言われて」


ロザリーがそういうとちらりとメアリを見た。メアリは視線に気づいたのか軽く会釈する。


「ああ、そういうことね」


こうして話し始めた会話は午後まで続き、アリスは残業をするはめになるのだった。

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