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あれ以来、アリスは少しだけエリックに優しく接するようになった気がする。
そのことが効いてかディオンとのやり取りにエリックが無駄に口を挟むことも減り、ディオンを中心にした装飾事業の体制も整ってきた。
そして、そのことを確認したアリスはエリックと共に父ウィリアムに再び対面することにした。
コンコン
「私です。アリスです」
「・・・入ってきなさい」
聞きなれた重い声の返事が返ってきた。アリスはドアを開けて入る。
「今日はどうしたんだ」
父ウィリアムは仕事をしていたのか握っていた羽ペンをちょうど置くところだった。
「お仕事中でしたか」
「いや、大丈夫だ。気にしなくていい」
そう言うと父ウィリアムは優しく微笑んだ。
「ところでどうしたんだ」
「はい、少しお話しがありまして」
アリスがそう言うと父ウィリアムがいつもの仕事のときに見せる真面目な表情に戻る。
「で、その話しとは?」
「はい、ライン同盟国への販売経路をお借りしたいです。というのもここ数日のディオンが製作した装飾品を見てまいりましたが、ライン同盟国のヴュルテンベルク王国でみられた装飾品が多く、どうやらローラン王国の流行とは少し違う気がしました。ただ、現時点でローズ商会ではライン同盟国への販売経路がありませんし、ディオンをローラン王国の流行に合わせるのにも時間がかかるかと思います。そこでこのお願いに参りました」
「ふーむ、なるほど」
アリスの申し出に父ウィリアムは少し考えた表情をする。それは無理もなかった。アリスの申し出は既に共同での約束を取り付けているローズ商会にメリットがある内容ではあったもののロジャース商会にとって何らメリットがある話ではなかった。
少しの間、沈黙の時間が流れる。
……こんなとき、クリスがいれば。
父ウィリアムの渋い表情に交渉失敗を悟り、アリスは悔やんだ。そして、その沈黙を破ったのは意外なことにエリックだった。
「少しよろしいでしょうか」
「え?」
「ああ、かまわない」
父ウィリアムの許可を得てエリックは一歩前に出て礼をする。
「これは、私の提案となりますのでアリスさんの了承を得ていませんが……」
エリックは前置きをしてから話しを始める。
「私の提案としては、ついでにローズ商会の石鹸事業のライン同盟国への販売権利に関してもロジャース商会にお渡しするというのはどうでしょうか。そうしていただければローラン王国内の薔薇生産がより進みますし、ライン同盟国側へは流通が行き届いていない分、魅力的かと思います。既にプロヴァンにあるマーセル商会につきましてはガイア帝国でそれなりの成果をあげていることからロジャース商会の既に有る流通網を駆使すれば造作も無いことかと思いますが」
そう言われてアリスははっとした。言われてみればわざわざライン同盟国へ向かったのはその石鹸の工房の拠点設置のためだったのだ。それ自体をロジャース商会に任せることができれば目的も達成できる。そしてロジャース商会もローズ商会の石鹸事業による成功を誰よりも知っている商会だった。それにマーセル商会の前例がある。未開拓の地へ既に販売経路を持っている商会へ販売を頼むことを否定する理由もなかった。
「ロジャース商会が賛同していただけるのであれば私はそれでもいいと思っています」
アリスの回答にエリックは礼をし、父ウィリアムの方を見た。あとはロジャース商会としての回答を待つばかりだった。
そして、再び少しの間、沈黙の時間が流れ父ウィリアムがようやく重い口をあけた。
「わかった。その条件なら提携しよう」
父ウィリアムの言葉に思わずほっと胸を撫で下ろす。
あとは、とんとん拍子で話は進んだ。というのも既にマーセル商会の前例があるため、契約内容はその内容をベースにして調整すればよかった。ただ、マーセル商会とは異なり工房に関してはローズ商会が持つことにはなった。それは単純にロジャース商会が持ってしまえば規模と人員を使ってローズ商会と同じものを作れてしまうのが理由だった。カルロスやローラン王国では技術を模倣されても守ってくれる制度などない。模倣された方が悪い状況ではやむを得ないことだった。
こうして、無事ローズ商会はライン同盟への進出を果たす事ができた。残念ながら拠点を置くことはできなかったものの一から工房を作り、職人を雇って販売できる状況にし、取引先を作って採算を取る。それらにかかる手間も費用もかけずに済むことを考えれば今回の成果は十分と呼べるものであった。
ただ、こうなるともうアリスがカルロスにいる理由は無くなった。カルロスからローラン王国のオルランドへ帰るときが来たのだ。
そのことを父ウィリアムンに話すとそれが事業の成果と別れを意味していることから少し複雑な表情をしていたが「そうか」と一言言っただけだった。
そして、帰路。
「アリスさん、結婚しよう」
「いや……あのね。エリック」
アリスは前々から思っていたことを伝える。エリックに納得してもらうために。
「そもそも陛下からはちゃんと許可もらったの」
「当然」
「え?……身分差は?」
エリックの予想外の回答にアリスはうろたえる。
「その方が燃えるじゃないか」
「そ、そう」
そ、それだけ!?もっと問題がいろいろとあると思うのだけどというツッコミを堪える。
「で、でもほらお父様にも承諾が必要だから」
「それも既にもらっているよ」
「いつのまに!」
根回しのよさに驚きながらもなぜそれが恋愛に繋がらないのかと思うアリスだった。
……他人のこと言えないけど。




