85 私は勘違いなんてしない
カルロスに戻ってから、アリスはディオンと共に準備を開始した。
工房についてはロジャース商会から借り受け、まずはディオンとの親睦と能力を見極めることから始める。
それはアリスにとっては久しぶりの営業の感覚だった。
「まさかこんな形で過去の経験が役に立つなんて」
かつて経験した営業の知識が役に立った。装飾品は流行に敏感なことや装飾者を際立てるデザインが好まれていた。
そういった知識をもとにロジャース商会やそのときお世話になった販売先とやりとりを再開すると意外なほど順調に事が運んだ。
また、ディオンは真面目なこともありの能力も悪くなかった。
そして、今日も工房へと向かう。ディオンが働いている工房は職人の割りに部屋はいつも片付いていた。
「あら、ディオンさん。仕事中でしたか」
「ああ、アリスさん大丈夫ですよ。もう少しで終わるので少しだけ待っててもらえますか」
「ええ、わかったわ」
待っている間、アリスはディオンが働く姿を眺めることにする。
工房は開業後間もないためディオンが一人で管理しているようだった。販売の管理についてはローズ商会が管理しディオンが職人として仕事に集中できるようにしている。今日アリスが訪問したのも受注の話をするためだった。
そして、もう一人アリスについて来ている人がいた。エリックである。
エリックは別段会話に参加するつもりはないようだが、アリスがディオンのもとへと向かうとこうして毎回ついてくる。
アリスは最初は要らないといっていたのだが、頑なについてこようとするので諦めた。
そして、アリスが待っていることが不満なのか後ろでぶつぶつ言っている。
「お待たせしました」
程なくして仕事がひと段落したディオンがそう言って礼をすると話をするためにお互い席に着く。
「こちらに移ってからの調子はどうかしら」
「おかげさまで仕事に集中できています。あのときは営業も経理も指示していく側で、満足に自分の仕事に集中できませんでしたからこうしてまた仕事に集中できるのは楽しいですね」
「ああ、なんとなくわかるわ」
人の上にたつとどうしても指示する側に回るため、自身の仕事に集中できなかった働く人に気を回す必要がでてくる。
しかも、指示をだしても自身の思っていたとうりの結果がくるとは限らないのだ。自分で動いて自己責任で簡潔できる仕事は努力した分だけ成果として返ってくる分楽しいのだろう。アリス自身、未だに営業責任者として現場に行ったりするからその気持ちはよくわかった。
「あと、これを渡したくて」
そういうとディオンはブローチを見せてくれた。
「あら、素敵」
「はい、是非身に着けていただければと思って」
「そうね、私自身がちゃんと身に着けていた方がいい宣伝になるわね。ありがとう」
そう言うとアリスはニッコリと微笑んだ。
「え?ぁ、ぃぇ……」
「ん?」
急に声が小さくなり顔を赤らめたディオンにアリスは首を傾げたが、来た目的を思い出すと話を戻した。
そこからはこれまでどうり流行や顧客の要望、受注内容と納期の説明と、それを記した資料を渡した。
「それじゃあ、また来るからよろしくお願いね」
「はい、お待ちしております」
用件が終わり、ディオンに笑顔で見送られながらアリスは工房を後にした。そして戻っている最中エリックが呟いていた。
「アリスさん、知らないとは時に残酷なものなんですね」
「え?ん?そ、そうね」
なぜかその言葉がアリスに言われている気がしてならなかったものの思い当たる点はない。
アリスはエリックの言葉に首を傾げながらもとりあえず相槌を打つ。そして、不意に思い当たる点があり聞いてみた
「エリック、実はあなたもディオン何か作って欲しいものがあったの?」
アリスのその言葉にエリックは目を白黒させたあとため息をついた。
「アリスさんはもう少し、女性を磨かれた方がいいかもしれませんね」
「し、失礼な!」
そう抗議しようとしたときエリックの言葉を思い出しアリスは頬を膨らませて抗議してみる。
「……違う、そうじゃない」
「え?うぅ……」
エリックの冷たい返答に我に返ったアリスは顔を真っ赤にして両手で顔を覆い、ただただ自分の行為を後悔するしかなかった。




