73 私は従うしかない
2-10 因果応報
振り返ってみるとなぜかエリックがそこに立っていた。
た、タイミングが悪い。
アリスは嫌な顔をし、クリスをちらりと見てみたがクリスはエリックとまだ面識がないらしい。
この人誰と言わんばかりに首を傾げてアリスを見ていた。
「あら、エリック」
「こんなところで出会うとは奇遇だね」
社交辞令としてお互いに挨拶と礼をする。
「ええそうね。で、何かようかしら。私たちはさっさとオルランドへ帰りたいんだけど」
「そうつれないことを言わないでくれよ。まあ、いつものことか」
エリックやれやれと言わんばかりに両手をあげて首を振った。
その様子に一言文句を言いたかったが今もアリスの腕をつかんでいるクリスを守る事の方が優先だった。
アリスはその言葉を無視して馬車に乗り込もうとする。
「そうね。それでは御機嫌よう」
「いいのかな」
その言葉にアリス不安を覚え、身体が膠着する。そして、再びエリックの方へ顔を振り返る。
「何がですか」
「まあいいや、俺たちはこの犯人を探しているんだけどアリスは何か知っているかい」
エリックは笑みを作りながらアリスに聞いてきた。
その様子からエリックが何かを知っていることは明白だった。
「私には関係のないことでしょ」
「ああ、そうかもね。でもそれなら大人しくちょっと待っててね」
エリックはそう言うと兵士達に何やら話し、兵士達が撤収していった。馬を引き連れた来たエリックを除いて。
「さて、それじゃあ俺もお供しますよ」
「いらないわよ!」
アリスとエリックの様子を呆然とクリスは見ていたが何か気になることがあったのだろう。
少し躊躇いながらも話に入ってきた。
「あ、あの……」
「何かな、黒髪のお嬢さん」
クリスに声をかけられエリックは笑顔のままクリスに顔を向ける。
「お二人は知り合いなんですか?」
「何を隠そう俺たちはつきあ」
「大学の知り合いよ!」
クリスの問いに嘘を教えようとしたエリックを遮りアリスが答えた。
「そ、そうなんですか」
アリスの言葉に納得したのか圧倒されたのかクリスはとりあえず頷いていた。
「あ、君がもしかして噂の?」
そう言うとエリックはクリスを興味深そうに見てきた。
アリスが遮った件は特に気にしていないらしいが、従者のクリスをじろじろと見られるのはあまり気持ち良いものではなかった。
しかし、そのことに気づいていないのであろう。クリスはご丁寧にエリックに挨拶を始める。
「えっと、私はクリスティーヌと申します。アリスさんからはクリスと呼ばれています」
「なるほど、やはり君がクリスか」
「ご存知なのですか?」
「ああ、君も有名人だからね」
「私が、ですか?」
「うん、やはりアリスが言うように気づいていないんだね」
エリックはアリスをちらりと見て、再びクリスを見ていた。
クリスは言っている意味がわからず首をかしげている。そしてアリスも困った表情をした。別の意味で。
あれ?エリックにそんな話をしたからしら?
記憶をたどって見るがそう思った記憶があっても言った記憶が思い当たらないのになぜかエリックは知っている。
どこかで話してしまったのだろうかとアリスは記憶をめぐらせていたが我に帰る。このままでは本当に言ったことになるとようやく気づいたのだ。
「ま、まあそれいいじゃない。これ以上じっとしているのも何だから進みながら話しましょう。その様子だとどうせエリックもついてくるんでしょ」
「ご名答。さすがローズ商会会長様。ローラン王国の薔薇姫と呼ばれるだけのことはありますね」
「そんな呼び方されたこと無いわよ!」
いつになく親近感を出したりおだててくるエリックを不思議に思いながらもこれ以上変なことを言われてはたまらないと思い、同行を了承した。
こうしてエリックの加わったアリス達はオルランドへの帰路を進んだ。
その帰路では騎士でもあるエリックが護衛となってくれたことになり、安心して進むことができた。
もっとも、その最中アリスは再三にわたりエリックから「付き合ってくれ」とか「一晩を語り明かそう」「月が綺麗ですね」「好きです」などなどを会話の途中に言われ雰囲気のかけらもない告白を断るはめになったのだがそれはそれで普段のエリックらしいようでらしくなかった。
その様子が気になったのだろう。
クリスが突然アリスとエリックの関係を聞いてきた。
仕方なく、エリックとは大学の知り合いということ、貴族であることを話してあげたものの、あまり多く話すと何も知らないクリスにエリックが何かやらかすとも限らなかったので多くは話さなかった。
そして、その話をしている最中にエリックがこちらをちらりと見ている姿を見て、アリスはふと何か感づく。
もしかして、嫉妬?
そう思いエリックの目を見るがエリックはニッコリとたた微笑むばかりだった。
そこで不機嫌だったりすれば勘があたっていると思ったもののエリックの様子からアリスはただの勘違いだと思うことにした。
こうして順調に進み、旅もいよいよ終わりを告げるオルランドの城門が見えてきたときだった。
「申し訳ないんだけど、ちょっと馬車を止めてもらってもいいかな」
「ええ、だけどどうして?」
アリスはエリックの言葉に不思議に思いながらも馬車を止めさせた。
そして馬車からアリスとクリスが降りると、エリックも馬を下りてやってきた。
「ちょっと大事な話があるからそちらの護衛さんには外れてもらってもいいかな」
アリスはエリックが卑怯な奇襲するタイプじゃないことを知っていたのでカルヴァンを馬車の前方に向かわせ人が来ないか監視をさせに行った。
「さて、そろそろいいかな。あの事件だけどアリスは何か知っているね」
「なんのこと?」
「知らないふりはやめておいた方がいいよ。ちゃんとアリス達が出て行った日付も把握しているからね」
「なぜあなたが知っているの」
そのこ言葉には信憑性があった。ラヌルフ辺境伯について最初に突き止めたのもエリックだったからだ。
「まあ成り行きでね。騎士が平時に焼死したんだ。原因を調べることなったんだよ。で、近くに負傷した人が止まったりしていないか調べたときに近隣の宿で」
「私たちが泊まっていたということね。それでも他の人だっていたんじゃないかしら」
「まあね、でもあのときそちらのクリスの表情を見てわかったよ」
その言葉を聞いてアリスが動揺を顔に出してしまった。エリックがそれを見逃すはずもなく言い逃れできそうにない。
アリスは自分の迂闊さに悔やんでいると突然クリスが割り込むようにアリスの前に立った。
「アリスさんは関係ありません」
クリスはアリスを庇うように前に立ち、エリックを睨んでいる。
「なるほど、君の噂はどうやら本当のようだね。それだと君が彼らを殺したんだね」
「はい。そうです」
「嘘はついていなさそうだね。ではどうして?」
「彼らが私たちを襲おうとしていたからです」
おそらくクリスについても何か調べていたのだろう。カルロスでのクリスの出来事を考えればエリックが何か知っていたとしても不思議ではなかった。
クリスの回答に納得がいったのかエリックは笑顔で頷いた。
「なるほど、そういうことか。でもどうやって彼らを殺したんだい」
「それは……」
「それは?」
エリックの表情がさっきとは違い真剣な表情になっていた。そして、覚悟を決めたのかクリスは呪文を唱え、水を傍にあった木に向かって放った。クリスの動きに異変を察したエリックは身構えていたがクリスの行動に驚いた表情を浮かべた。
まあ、初めて魔法を見れば誰だって同じことになるだろうが。
「なるほど、納得いったよ。君は魔女だったんだね」
「エリックそれは違うわ。クリスは私を守るために仕方なくなのよ!」
エリックの言葉にアリスは割って入ろうとしたがクリスが行く手を阻み前へと行かせてもらえない。
クリスとエリックに険悪な空気が漂う。そして、その空気を最初に破ったのはエリックだった。
「ああ、わかっている。だから俺を狙わなかったし火ではなく水をだしたんだろう。でも君がもし魔女なら俺は君を殺さなければならない」
「では、エリックさんは私を殺すんですか」
クリスはエリックに問いかけた。その問いに対し、エリックは両手を挙げ首を振った。
「いや、そのつもりはない。騎士の集団を全滅させたんだ。俺はまだ死にたくない。それに君を魔女として捕まえるつもりもない」
「ではなぜこんな質問をしたのですか」
「それはな」
クリスはエリックを睨んでいた。エリックはその様子を楽しげに見ると、アリスをみてニヤリとした。
その様子にエリックに戦う意思がないことを察し、アリスは一安心したのも束の間だった。
「アリス。俺を支援してくれないか」
「お断りよ!」
アリスはあっさり否定し、クリスが庇うのを振りきり前で出た。
先ほどからのエリックの行動にさすがのアリスも我慢の限界だったのだ。戦う意思がないとわかった以上遠慮する必要もなかった。
そのアリスの様子にクリスは身構えたようだったがエリックはむしろ楽しそうに笑いを堪えている。
「君ならそういうと思ったよ。だから条件をつけよう。まず、クリスの件は俺がうまく取り計らおう」
アリスはエリックを睨み、無言のまま頷かなかった。
「信用していなさそうだね。じゃあ、とっておきの秘密を教えてあげよう」
エリックはニコニコしながら話を続ける。
「屋敷に留守を任せていた人。ローラだっけ?あの人はロザリー・オーウェンだね」
エリックの言葉を聞いてアリスは固まる。ローラとエリックの接触で思い当たるのは一度だけだった。なのにその一度でエリックはローラを見破っていた。軽率だった自分の判断を今さらながら悔やんだ。
「大丈夫だ。ロザリー・オーウェンの身柄をどうこうするつもりはない。むしろ、冤罪を主張して爵位の継承を認める取り計らいを行おう。これで彼女もオルランドでは自由の身になるんだよ。君の大事な部下達を助ける。それが条件なら文句無いだろ」
「……婚約は申し込まないのね」
「脅迫で形だけの婚約とか俺の方から願い下げだね。実力で勝ち取ってみせるよ」
そう言うとエリックはアリスにウインクした。
格好良いと思ってやったんだろう。実際他の貴族のご令嬢であれば効果があったのかもしれないが、エリックに興味がなかったアリスにとっては気持ち悪かった。思わず身震いし、見なかったことにする。
「わかったわ。その条件をのみましょう。だけど、どうして私たちなの」
アリスは率直に疑問をエリックに聞いてみた。新興商会の支援などたかが知れている。
にも関わらず提示された条件はあまりにも破格だったのだ。
「それは君たちが信用できるからだよ。事実を知ってなおロザリーを庇うアリス、主人を守ろうとするクリスティーヌ。そんな商会の責任者が協力してくれるのであれば、支援を受ける側の名声も自然と上がるんだよ」
「それでもローズ商会は新興商会よ」
「飛ぶ鳥も落とす勢いを見せているのによく言うよ。それに貴族と言ったって戦時になれば商会にお金を借りたりするのは世の常だからね。窮地であっても勝機があれば助けてくれる商会じゃないと困るのさ」
「まるでこれから戦争でも起こりそうな言い方ね」
「世の中何が起こるかわからないものだよ」
「それもそうね」
エリックの返答に納得し、口約束が終わるとエリックは一足先にオルランドへ去って行った。
「契約書も書かさないのがエリックらしいわ。まあ、約束は守るけど」
その去っていく様子を見ながらアリスは呟いた。




