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2-5 青空の涙
ただ、聞くにしても申し訳ないが今はカルヴァンが邪魔だった。
アリスは周囲を見回し、何かないかと捜してみると何やら行列らしきものが見える。
「ねえ、あの行列ができているお店は何なのかしら」
「さあ、何か食べ物を売っているようですね」
クリスはアリスが指した店を見て首を傾げた。
ちょうどいいかもしれない。そう思うとアリスはカルヴァンにお願いをすることにした。
「カルヴァン、ちょっと買ってきてもらえるかしら」
「かしこまりました」
カルヴァンはその店に向かっていく。
そして、アリス達はすぐ近くの広場で待つことにした。
これでようやく聞ける。アリスは覚悟を決めた。
「ねえ、クリス」
「なんでしょう。アリスさん」
アリスはクリスをまじまじと見つめる。
「クリス何か私に隠し事をしてない?」
「え?」
アリスはクリスの目をしっかりと見て問いかけた。
人に対して真剣話をするときは必ず相手の目をちゃんと見ること。
これは父ウィリアムから教わったことだった。
そして、クリスは驚きの声を上げ、アリスの顔を見たかと思うとすぐに顔をそらした。
何かを隠している。クリスの反応を見れば明らかだった。
しかし、ここで焦ってしまっては余計に隠してしまう可能性があった。アリスは慎重に言葉を選んで話を続けた。
「勘違いならいいの。でもね、最近のクリスはなんだか・・・そう、なんだか何か焦っている感じがして」
「私が、焦っている?」
そうクリスが呟くと恐る恐るアリスの方に顔を向けてきた。
そしてようやくお互いの目が合う。そのことを確認したアリスは再び言葉を選びながら話を続けた。
「ええ。そうねえ。伝えにくいんだけど、以前と違って何だか私に応えよう必死になっている感じがあるわ」
「なぜそう思ったのですか」
本当に気付いていないのか。アリスは心の中で驚いた。怪我から復帰後のクリスの仕事量は健常なアリスでは一時期手が回らないほどこなしていたときがあった。それに今回の提案もクリスらしくないし。
しかし、このことをストレートに伝えてクリスはどう思うのだろうか。自分だったら余計に気にしてしまう気がした。
アリスは少し考えて答える。
「うーん、仕草かしらね」
「仕草?」
クリスは首を傾げた。その様子から癖や変化に気がついていないことがわかった。
「そう。私が何かあなたに質問するとき、だいたいあなたはいつもニコニコしながら笑顔で返してくるわ。でも最近は違うの。なんだか、そう何かを思い出すように考えた後で話をしているわね。そう、まるで記憶を辿るかのように」
「・・・」
クリスからの返答はなかったが目を見開いて驚いていた。
その様子から今アリスが言った言葉に何か真実が隠されていることは明白だった。
今、私何を言ったっけ?笑顔のことだったよね。
でも、表情でそこまでの反応をするのかしら。ということはその後?
そのあと、えーと、そう、今私が考えているような、そんな状況を伝えたような気がする。
たしか思い出すような……思い出す――……思い出す!?
アリスははっと我に返りクリスに聞いてしまった。
「クリス、もしかしてあなた記憶を」
「……はい」
その反応にアリスは驚く。気付かなかった。
いや、気付けるはずがなかった。仕事もこれまで通りこなしていたし、周囲の人とだって相手を忘れている様子などなかった。
「いつからなの」
「意識が戻ったときからです。そして私がアリスさんと出会うより前の記憶が……」
「ないのね」
アリスの言葉にクリスは黙って頷いた。
そんな状況をアリスが気付けるはずがなかった。アリスが知っているのは出会ったときからだけ。
過去の話をしないクリスにそれ以前の記憶が失ったことを気付く余地などなかった。
いや、本当になかったのだろうか。だったら今アリスがクリスに聞いていることは矛盾していた。
本当はずっと気付いていたのかもしれない。でも、いつかクリスが相談してくれると思っていたから。
なのにクリスは話さなかったアリスの従者なのに。
そんなに信用されていないのだろうか。そう思うとアリスは無性に腹が立った。
「バカ!私の従者ならなんでもっと速く言わないの!」
「すいません。これ以上アリスさんに心配かけたくなくて」
「それで心配されてちゃ意味ないじゃない!」
「すいません」
クリスの声は徐々に弱くなり、震えていた。
泣いている。そのことがアリスにもわかるとアリスも徐々に冷静になっていく。
しまった。言い過ぎた。
そう思ったが言い直すには手遅れだった。
別にクリスは悪くないのだ。そのことはアリスもよく理解していた。
きっと記憶がなかったとき誰よりも辛かったのはクリス自身なのだろう。
そう思い、手遅れかもしれないけどクリスを抱きしめた。他に方法が思い浮かばなかったのだ。
そしてできるだけ優しい声で語りかけるようにアリスは話した。
「何泣いているのよ。それなら最初から話してくれればよかったじゃない」
「えっぐ、ひっく……だって」
だって。言えるはずがない。言われたところで何の解決にもならないだろう。
そのことはアリスも理解していた。でも大事なのはそこじゃなかった。
「クリス、一回しか言わないからちゃんと聞きなさい」
「ひっく……はい」
そして泣いていたクリスが顔を上げ目があう。アリスは一度深呼吸をし、素直に伝えることにした。
「いい、私はクリスが好きよ。そして他の誰よりもあなたのことを信頼しているわ。だってあなたは2度も助けてくれたんですもの。それも文字通り命を懸けてね。だから私もすべてを捧げてあなたを助けたいの。だからもう私達に関わることで隠し事をしないで。私をこれ以上不安にさせないで。私はクリスが傍にいて欲しいの」
アリス自身、言いたいことを素直に伝えた。恋人、友達そんな単純な一言では言い表せない気持ちを。
アリスとクリスは主人と従者。だからこそアリスもクリスを全力で助けたい。クリスが命を懸けて助けてくれたように。
その気持ちに嘘偽りなどなかった。
クリスは驚いたからなのか涙が止まっているようだった。
そして、お互いに見つめあったまま、無言でうなずくクリス。
あ、あれ?なんだろうこの雰囲気。
意図していなかった心地よい雰囲気に一瞬戸惑ったが、抗う理由などなかった。
アリスが身を任せようかと目を閉じようとしたとき。
「お待たせしました!……あれ?」
戻ってきたカルヴァンによって無常にもその雰囲気は一瞬に崩壊してしまうのであった。




