57 私は決断を躊躇わない
2-5 青空の涙
ベルが部屋を出たことを確認するとアリスはクリスを見た。
聞いた話からクリスがどこまで状況を把握しているのか確認する必要があった。
そして、その結果しだいでは犯人が確定する。
「ところでクリス。あなたはどこまで把握しているの」
「カルヴァート商会以上のことは知りません」
「あら、その割には裏に貴族がいるかもと言っていたわよね」
「・・・」
クリスは何やら躊躇っている表情をした。
そして、無言を貫いている。その様子にアリスは困惑した。
本当は何か知っているの!それとも本当に知らないの!
クリスらしくもない。
経営のときであればクリスは常にニコニコとして何のことやらと言うか推論を述べていただろう。
その姿にいつも敵わないと感じていたが今のクリスはどうみても様子がおかしかった。
やむを得ずクリスの返答がないままアリスは話の続きをすることにした。
「まあ、いいわ。結論だけ言うとあなたの予想通り、裏に貴族が絡んでいたわ。そして動機もあなたの予想通り、石鹸市場の乗っ取りが目的ね。その裏方としてカルヴァート商会が絡んできた。それは私怨もあるかもしれないけどローズ商会と仲が悪いことが単純な理由だと思うわ」
「・・・」
エリックの話にベルから話を聞いて組み合わせたアリスなりの推論を述べた。
そして、少し間をおきクリスの様子を確認する。
そのクリスからは反応はなく、無言で話を聞いているだけだったため話を再び続ける。
「そしてその噂を流している元凶がわかったわ。噂を流していた貴族はラヌルフ辺境伯、ローラン王国南西の辺境に広大領地を持っている家よ」
「どうしてそこが?」
「そこはもともと近隣のプロヴァン辺境伯、ラングドッグ辺境伯と仲が良く、また、ガイア帝国とも交友があったそうよ」
「それが何か関係があるのでしょうか」
クリスから反応があった。特に反論する様子がないことにアリスは一安心し、エリックからの手紙が来た後で調べていた内容を説明する。
「そうね。クリスはあまり貴族や国家情勢に関しては詳しくなかったわね。まず、今回企てたラヌルフ辺境伯は商会を運営していたらしいの、そしてその商会の主力商品は石鹸。製造の工房はラヌルフ辺境伯領とプロヴァン辺境伯領にあったそうよ。ところが私達ローズ商会がローラン王国に石鹸の新市場を開拓した。そこのとを受け、ラヌルフ辺境伯は収入が落ち込み、プロヴァン辺境伯も生産したものがあまって収入が減ったそうよ。そしてその両者の間にあったラングドッグ辺境伯も関税収入が減ったという訳」
プロヴァンという言葉を使ったとき、クリスが反応した。
その反応を確認しながら話を続ける。
「そう、問題はプロヴァンよ。プロヴァン辺境伯とは現在ローズ商会とも原材料の調達源として取引があるの。ガイア帝国とも取引があるけど、これはカルロスでの製造に当てているわ。つまり、下手に動くとローズ商会は供給不足になる」
「そうなりますね」
「ようやく経営が安定してきている状況でカルロスからの供給を増やすにしても時間が足りないわ。何か良い方法はないかしら」
これだけの情報をだしたのだ。クリスから少なくとも何か意見がでるかもしれない。
あれいはクリスが何かいい方法を提案してくれるかもしれない。
そう思い、期待しながら待っていた返答はアリスが思っていた方向と別のものであった。
「離間の計」
クリスが小さい声で呟く。まったく予想していなかった言葉にアリスは思わずピクリとした。
「ラヌルフ辺境伯とプロヴァン辺境伯。その両者を仲違いさせてはいかがでしょうか」
その言葉に驚きながらアリスは少しの間無言でまじまじとクリスを見た。
そこには事業計画の頃のようなニコニコと何か含んだ余裕がなかった。
クリスはこれまで相手を陥れるような作戦を提案してきたことなどなかった。
ましてや、クリスが何か提案するときは事前情報に基づいて判断していた気がする。
それなのに、自身は知らないと言いつつ今回はアリスの話に確認を取らずにそのまま動こうとしている。
何かがおかしい。
アリスの勘がそう警告していた。よくよく考えれば、クリスに対しての違和感は以前から何度も感じていたのだ。
そして今、クリスには何か余裕がまったく感じられない。こういったときに行動させればいい結果とならないことをアリスは知っていた。
知識ではなく、自身の経験として。
ましてや今回の作戦は下手をすればローズ商会の存続に関わる作戦だった。
「・・・残念ながらそれはできないわ」
クリスの提案にアリスは初めて否定した。




