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2-3 嵐の前の静けさ
新しい事業を始める。
一言で言えば簡単だが、アリスとて現在の事業を始めるために相当の時間と労力をかけてきていた。
現状の石鹸事業のおかげで多少なりとも資金繰りには余裕があるものの、安直な発想で新しい事業を始める気にはなれなかった。
こうすれば儲かるんじゃないかという安直な発想で事業を始めてクリスからダメだしを受けるのにはもう懲りていたのだ。
実際、事業を始めて1年以内に半数以上のが失敗し、数年以上にわたり商会として営んでいるのはきちんと取引先や得意先を確保してきた商会だけ。
一見すれば会長は自由きままに贅沢を尽くしているイメージがあるものの、その背景には常に正しい決断が求められる。結果がすべてだけに現状維持をしていても衰退していくとてもシビアな世界なのだ。
もっとも国家や貴族が支援する商会なら話は別だろうが、商業ギルドに入れただけでも御の字の状況でそれ以上の支援を期待できるほど商会は大きくなかった。
「何かいい案がないかしら」
アリスはそう呟いたがいざ考え始めてみても一向によい案が思い浮かばなかった。
そのとき扉をノックする音が鳴る。
「失礼します。ローラです」
そういうとローラが入ってきた。
「あの、アリス様。食事の準備が整っておりますが」
どうやら考え事をしていたら食事の時間になっていたらしい。
ローラに指摘されてようやく自身のお腹が減っていることに気がつく。
そしてローラに返事をしようとしたときアリスは何となくローラに聞いてみることにした。
「ねえ、ローラ」
「はい、何でしょうか」
「ローラは何か新しいアイディアを考えているとき、どうする」
「新しいアイディア、ですか?」
「ええ、ローズ商会で新たに事業を開始しようと思ってね」
「そうだったのですか。そうですねえ・・・私だったら」
そういうとローラは考えた素振りを見せ、首を傾げて悩んでいる。
そしてしばらく考えた後何かを閃いたらしい。
「私ならまずは現状で視察しますかね」
「視察?」
「よく考えたら私はそれほどローズ商会に詳しくありませんので。まずはそこから始めますね」
ローラは使用人だった。ローズ商会についてそれほど詳しくなくてもおかしくないし、当然の返答だった。
しかし、アリスにとっては妙に納得いくものがあった。
「・・・視察かあ」
「お力になれず申し訳ありません」
「そんなことないわ。ローラ、じゃあ今度一緒に視察に行きましょう」
「え?」
「視察よ。どうせこのまま部屋で考えててもいい案なんて出ないわ。だったらすべて試してみるまでよ」
そう言うとアリスはローラに笑顔をむけた。
ローラはこの状況を理解できず、困惑しているがかまわず話を続けた。
「あ、それと今回は私とローラの二人で行くわよ」
「え?クリス様は誘わないのですか」
「まあ、クリスには少し確かめたいことがあってね」
「そうなのですか」
ローラは驚いた様子だったもののそれ以上は聞いてこなかった。
実際、クリスのことはベルに調べさせていた。以前聞いたABC分析に関しても、売上金額順に並べることによって、重視すべき顧客や見込み顧客などを知ることができた。そして、その後クリスが提案してきた内容についてもあっさりと理解することができた。
その他にもクリスは何やらいろいろと試しているらしく、新しい事業を始めるためにクリスの時間を割くことはすこしもったいないとアリスは考えていたのだ。
「私は私ができることをやるだけ」
「え?」
アリスの呟きが聞こえてしまったらしい。ローラが反応してきた。
「いえ、何でもないわ。ローラ今はベルに違う仕事を頼んでいるの。申し訳ないけど今回はローラが手配してくれないかしら」
「かしこまりました」
こうしてローラが退出したのを確認し、一息つくとアリスはあることに気づいた。
「あ、食事のこと忘れてたわ」
そう呟くとアリスは思わず苦笑いし、自身も部屋を退出した。




