51 黒髪少女は戦術家すぎる
2-3 嵐の前の静けさ
屋敷に帰宅するとメアリが出迎えてくれた。
帰宅直後は心配そうな表情をしていたもののローラの様子を確認し、目には涙を浮かべていた。
アリスはその様子を確認するとあとはメアリとローラの二人に任せて自身は休むことにした。
そして翌日からローズ商会は大忙しとなった。
謎のご令嬢がエリックと一緒に踊っていたのを目撃した貴族たちが同じ香りのする石鹸を求めてきたのだ。
どこで聞いたのかアリスは不思議だったもののそれぞれがアリスとローラが一緒にいるのを調べさせていたらしい。
その情報収集能力に畏怖を感じたものの、おかげで評判は上々、ローラの仕立てたドレスに関しても問い合わせがきたので仕立てをしてくれたところへ紹介をした。
こうして、アリスとしてはこの評判は少し想定外に大きくなりすぎてしまったものの、ローラについてばれることはなかった。
しかし、ローラの件がひと段落したと思ったのもつかぬ間再びクリスの話がやってきた。
「ベル、その話は本当なの?」
「ええ、まだはっきりとはしませんが」
ローラの件を取り繕っていたとき、クリスの雑務を手伝っていたベルがクリスの異変に気づいたらしい。
その内容は最近、クリスはダンスの練習と仕事が終わるとずっと部屋に篭って何かをしているらしいとのことだった。
ただ部屋に篭るというのであれば別段おかしな話ではない。
問題はその後にクリスが何やら新しい手法を試してみていることだった。
「えーと、そのなんだったかしらABC分析?」
「はい、重要度にあわせてA、B、Cに分類して管理を分け重要度の高いものを重点的に管理していく手法?だったような気がします」
「ふーん、何に使っているのかしら」
「たしか、数量×単価で金額の大きい順に分類していって欲しいと頼まれたのでその結果で何かを判断しているのかと思います」
「そうなの?その資料ある?」
ベルは作った資料を既に用意しているらしく、その資料に目を通していく。
そして、アリスはふと気づく。
「ねえ、ベル。この資料なんだけど、後日金額順に並べて再度私に見せてくれないかしら」
「はい、わかりました。アリス様は何かわかったのですか」
「うーん、どうかしら。でもクリスがやりたかったことはわかったかも」
「さすがアリス様です」
「お世辞を言っても何もあげないわよ。でも、今後もクリスがそういったことを始めたら教えてくれないかしら」
「かしこまりました」
そう返事するとベルは会長室から退出する。
その様子を確認した後、アリスはため息をついた。
「クリスから動き出すなんて」
これまでクリスから何か行動を起こすことなどそうなかった。どちらかと言えばアリスが提案したことに対してクリスがアドバイスする方が多かったのだ。なのに今回はアリスに事前の連絡もなく何かを始めようとしている。
まさか私の能力を見限ったとか。
自身の能力に不足があるのは重々承知したため、不安が過ぎった。
しかし、アリスはすぐに否定する。
いやいや、それだったら私も使っているベルに頼んだりしないでしょ。
そんなことで人を疑うとか私はどんだけ愚かなのかしら。それともクリスを怖がっているの?
だったらどうして?やはりあのときからクリスが変わってきた気がするから?
そう思い、クリスについて今一度振り返ってみる。
変わったことといえば髪型、女性らしくなってきたこと。以前より仕事が速くなったこと。
後何があったかしら。
そして今ようやくアリスは気づいた。もっと明確な変化があったことに。
最近は計算されたようなニコニコとする笑みを見ていなかったのだ。
もっとも、それは最近新規事業をしていないためたまたま見ていないだけなのかもしれない。
アリスはそう思いなおしたが、もし計算されたような笑みをクリスができないとしたらどんな理由が考えられるだろうかと再び考える。そしてひとつのことが思い浮かんだ。
「ま、まさかね」
アリスは『記憶喪失』の言葉が思い浮かんだがすぐに否定した。知識や仕事はこれまで通りだった。それに顔を合わせたときだって別段誰だかわからないといった様子もなかった。
そう判断するには無理がある状況だったのだ。
「それ以外に考えられる理由があるとしたら『未来予知』?」
アリスはそう思ったが、呟いた自分がなんだか恥ずかしくなってきた。
何馬鹿なこと言っているの。クリスが火や水を出せたからってさすがにそこまでできるはずがないでしょうが。
考えすぎよ。それじゃただの超能力じゃない。私がクリスに敵うはずがないじゃない。
むしろクリスが会長やったほうがうまく商会が発展していくじゃない。
後半は否定するう動機としてはおかしくなってきた気がするがとりあえずアリスは否定することにした。
そしてふと最近の自分の状況に気がつく。
「そういえばオルランドに移ってからローラ、次はクリスか。なんだか最近事業拡張の話をしていないわね。まあ、移転してきたばかりだし資金に余裕があるわけではないんだけど」
思わず呟いて、再びため息とついた。アリスは会長になってから知ってしまったのだ。
立ち上げ当初はあれほど楽しかった事業もいざ始まってみると会長としてやることは資金繰りと人を管理する日々。貴族向け営業なので部下に営業を任すこともできない。まだそれ程大きくない商会なはずなのだが始めるまでのワクワク感とは程遠い日々になりつつあった。安定はしているけれど日常に刺激がない日々。それほど長い年数は経過していないはずだったし、出来事としてはたくさんあったものの石鹸事業としては固定客で安定している現状が商会の限界を見せられている気がしてアリスには不満だった。
「思い切って新規事業でもやってみようかしら。そのときにクリスの様子を確認すればその結果もえられるかもしれないわね」
なんとなく思いつきで呟いてみたものの、現状その案より名案は思い浮かばなかった。
「そ、そうよ。忘れかけていたわけじゃなかったけど、ローズ商会をもっと大きくしていかなくちゃ」




