5 私は助けない
1-3 憂鬱な就職試験
刻々と時間だけが過ぎていくがクリスがペンを動かす気配はない。
解けないと一言口にしてくれればアリスが助けに入れるのにそれすらクリスはしようとせず、じっとペンを見て何やら考えているようだった。
コツン
再び砂時計がひっくり返された。もうあまり時間はない。
もしかしたらクリスはどう動いていいか迷っているのかもしれない。
そう思いアリスが口を開こうとしたとき、クリスは顔を上げた。
「・・・ちょっといいですか」
「なんだ」
「問題は解けるのですが、ペンの使い方がわかりません。どなたか教えていただけないでしょうか」
・・・え?どういうこと。
田舎育ちなのだから文字がかけなくても不思議ではない。算術ができないのもおかしくはない。
なのにクリスが言葉にしたのは『解けるけど、ペンの使い方がわからない』。
いや、どう考えてもおかしいでしょ。ペンを使えないで文字や算術をどうやって覚えたのよ。
「わかった。アリス、教えてやれ」
「はい」
父ウィリアムの声に我に返った。そうだ、ボーっとしてる場合ではない。
アリスはクリスにわかりやすいようにペンにインクの付け方を見せて渡す。
「こうするのよ、はい」
「ありがとうございます」
そのとき、アリスはちらりと問題を見た。問題は算術だった。
アリスはクリスを従者として迎えるつもりだったけど父ウィリアムは最初からそのつもりがなかったらしい。
こんなのクリスが解けるはずがない。
クリスの状況を理解し、アリスはキッと父ウィリアムを睨もうと・・・しなかった。
ペンを受け取ったクリスはひたすら答えを書いていくのだ。それも手が止まることがなく
ど、どこでこんな教育を。
文字や算術ができるのは裕福な庶民か貴族くらいなのだ。庶民、ましてや田舎娘が勉強をする機会などそうそう無い。それなのにクリスはやすやすと解いている。
その状況が理解できず、アリスはただ呆然とした。周囲も同じらしくカリカリとクリスが問題を答えを書いている音だけがなっている。
「そこまでだ」
父ウィリアムが終了合図を言ったとき、クリスはすべての問題を書き終えていた。傍にいた秘書が用紙を取り、父ウィリアムへ渡す。
父ウィリアムが用紙を確認するなり顔を顰めている。
ああ、全問解答があっていたんだ。
父ウィリアムの表情でアリスは察した。
用紙に目を通した父ウィリアムがクリスをじっと見る。
「お前はどこでこれを覚えた」
「え?」
「え・・・えーと、昔少しだけ教えてもらったことがありまして」
「少しだけでそんなにもできるようになるものか!」
クリスの返答に父ウィリアムが叫んだ。
そりゃそうだ、それでできるようになるなら誰も苦労しない。
アリスも覚えるのには苦労したのだ。
しかし、父ウィリアムは考え直したようだった。
「・・・わかった。認めよう」
父ウィリアムはうなるようにそう言った。
・・・あれ?認めた。てことは従者にしてもいいってことよね。認めてくれたってことよね!
状況を理解し最初は呆然としていたアリスは笑顔になる。
そしてクリスが父ウィリアムに返答する。
「ありがとうございます!」
「ただし、もう使用人は要らないし、その娘をただで住ませるわけには行かない。日中は経理部で働いてもらうことを条件にする」
「わかりましたわ」
アリスは了承した。
「お前もそれでいいな」
「はい、ありがとうございます!」
クリスも了承する。これで雇用は決定だった。
しかし、アリスはそこで何かがおかしいことに気づいてしまった。
・・・あれ?でもちょっと待って。これ、私の従者としての採用試験よね。
どうしてクリスが経理部で働くことになっているのよ!
困惑しているアリスをよそに、クリスの仕事が決まった。
アリスの従者・・・ではなく経理部の新人として。
ちょっと、私はまだロジャース商会で正式に働いたことないのよ。なのにどうして!
どうしてこうなった。




