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49 私は手を抜かない

2-3 嵐の前の静けさ

ベルが加わったことでアリスは以前より仕事に集中しやすくなった。

これまでクリスの行動が気になってしまっていたが、ベルにそのことを相談したり調べてもらったりできるようになったからだった。

相談に関して言えばローラでもよかったのだがローラはクリスとの接点が少なかったこともあり、ベルのようにクリスとも仲良くしている存在はアリスが仕事を集中するためにも必要だった。

また、これまでローラに任せていた雑務の一部もベルにお願いすることで、ローラを営業に参加してもらうことになった。

表向きの理由としては。

ローラが元は貴族だと知ったときからアリスは決めたことがあった。


ローラを『社交デビュー』させる。


そう、これがローラを営業に参加してもらう本当の理由だった。

貴族には社交デビューというものがあった。早い時は12歳から社交界にさせられることもあったものの、だいたいは15歳くらいから参加し始めるお披露目会といったものだった。

しかし、ローラはまだ正式に社交界へ参加したことがなかった。今の状況で言えば参加できなくなってしまったと言った方が正しいが。

それでもローラとて元は貴族。ご令嬢として社交デビューにそれなりに憧れがあったであろうし、実際に貴族たちが練習してきていたことをアリスは知っていた。そしてローラも同じことをしていたであろうことことも。

アリス自身同じ女性として社交場に出席したことがあるからこそ社交デビューできないローラの現状は見逃すことができなかった。


ただ、口で言うことや決意を示すことは容易だが、ローズ商会として今回の行動はかなり危険だった。

アリスの独断で決めるのは難しく行動には慎重を期す必要があったためにアリスは一旦クリスに相談することにした。


「クリス。ローラを営業として連れて行こうと思うんだけど」

「いいと思います」

「え?いいの?」

「ええ、だって普段から使用人として接触していますからね。それにローラさんは元とは言え貴族ですから下手に隠すより似た人と周知させる方が逆に安全かもしれませんしアリスさんが大丈夫だと思ったのであれば大丈夫かと思います」


クリスは全く反対してこなかった。

そのことはアリスにとっては想定外だった。

なんせクリスは田舎出身。仕事ができるとはいえ社交デビューの憧れを理解してもらうには無理があった。それにローズ商会を危険に晒す行為なのだ。営業を理由にしても当然反対してくると思っていた。

もっとも、反対したところでアリスの決断が変わるはずもなく、もしかしたらクリスはそのこともお見通しだったのかもしれないが。とは言えクリスからの賛成も得られたのだ。アリスは早速行動を開始することにした。


まずは密かにメアリに頼みローラのドレスを用意させた。先日の件もありローズ商会には負債がなかったため、ローラのドレスを用意するくらいの予算は十分にあった。

採寸に関してはメアリを活用することにした。最初はメアリも事情を知って驚いていたものの、メアリもドレスの使い道など今のローズ商会には社交場以外に考えられないため、すぐに察して準備してくれた。


そしてそれら関連についてはベルを通じてやりとりなどを行いローラには開始前まで秘密で行われた。

加えて念のため、ベルに一通の手紙をある人のもとへ届けてもらう。


こうしてローラの身の回りの準備が順調に進んでいっていた。

しかし、ここで思わぬ問題に気づいてしまう。

ローラが今も踊れるのか誰にもわからなかったのだ。

今更気づいたことにアリスが頭を抱える。

手紙を書いた時点で既に日程も決めてしまっているのだ今更変えるわけにもいかなかった。

ローラが休憩して変わりにベルがいるとき思わず呟いた・


「ローラはダンスができるのかしら・・・」


思わずアリスが呟いてしまったことをたまたま聞いていたベルが答えてくれた。


「あ、ええ聞こえていたのね。そうなの気づかれないで練習してもらえる何か良い口実がないかしら」

「口実ですか」

「ええ、私と一緒に踊る練習なんて不自然だし」

「それでしたら、クリスさんに相手をしてもらってはどうでしょうか」


名案だった。クリスであればダンスを習う理由の不自然ではなかったし初心者なのでローラが教えるにしても不自然なことではなかった。

すぐさまローラがダンスに明るいことを理由に、クリスに今後に備えてダンスをローラから習うように指示した。

指示されたクリスは渋々ながらも了承し、ローラに対しても余計なことを聞く様子もなかった。

こうして始まったダンスの練習の場所はローズ商会内にあった社交場で練習が行われた。

練習が始まると、最初は両者とも戸惑ってはいたものの慣れてくるとしだいにローラも楽しそうに手ほどきをしたり、クリスと一緒に踊ってみたりしていた。


「うう、しんどい」

「そんなんじゃ一曲も踊りきれませんよ」


クリスは泣き言にローラは苦笑いしながら叱咤している。

そんな光景もみられるようにまでなっていた。

クリスは予想外に体力がなく運動神経もあまりよくないらしい。ダンスのような決め細やかな動きや正しい姿勢を叩き込まれている様子は普段の仕事ぶりからは想像もできずアリスは目を白黒させた。

しかし、そこで断念せずに必死でついてくるのがクリスだった。

そのおかげで社交デビュー当日までに日数が少なかったにも関わらず、最後のほうにはローラと一緒に一曲を最後まで踊れるようになっていた。

ローラも教える側として徹底的にダンスの勉強をしてきてくれたらしい。基礎からクリスに丁寧に教え、ときに実演をしてみせてローラのダンスを基本から思い出し直すにはちょうどよかった。

こうして様子見と称してアリスが見に行くとローラのダンス能力をみることができ。たまにアリスも参加して手本として一緒に踊ったりした。そのときさりげなくアリスが男性役を演じることも忘れずに。

当初はローラもダンスでおぼつかないところがあったもののしだいに慣れた動きになっていくことがアリスの目にもわかった。

その様子からは時折楽しそうな表情と悲しそうな表情を見せ、ローラの心情を物語っていた。


「もう少しだけ待っててねローラ」


アリスはローラに聞こえないように小さい声で呟いた。


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