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1-9 憂鬱

「相手は誰なんでしょうか」

「カルヴァート商会次男、ロジャース商会の営業責任者をしているダリルだ」


よりによってなぜダリルを。

相手の名前を聞いて悔しさでアリスは手が震えているのを感じた。

カルヴァート商会はカルロス3商会の一角で、規模もロジャース商会より上である。

そもそもカルロスの意味がカルヴァート、ルーファス、ロジャースのそれぞれ一字をとってつけられた都市名なのである。

それだけこの3商会がカルロスでは大きな影響力を持っていた。

カルヴァート商会の申し出、それも政略結婚ともなればロジャース家が容易に断わることなどできるはずもなかった。



「カルヴァート商会」

「そういうことだ。ダリルはローズ商会の物流でも一翼を担ってきたし、ロジャース商会でも重役にいる。カルヴァート商会が婚約を望めば正当な理由なくロジャース商会は断わることができないのだ。すまない」

「そんなあ……取りやめる方法は」

「残念ながら無い。ダリルも乗り気のようだ」


アリスは崩れ落ちた。

結婚によってローズ商会を乗っ取られる可能性がでてきたからだ。

そして相手はカルヴァート商会の人間。下手をすればロジャース商会の跡目争いにも口を出しかねない。

アリスにとって今回の結婚に利点など皆無に等しかった。

ましてやアリスはダリルが苦手だった。容姿はそれほど悪くないものの、年下の少女だと見下したような言動と、時折見せる嫌らしい目はローズ商会のためとは言え耐え難いものがあったのだ。


アリスはこれ以上説得を試みることは断念し、意気消沈しながらローズ商会の会長室へと帰った。

仕事する気分ではないが、やらなれば滞ってしまいローズ商会の売上に影響する。アリスは出来事を忘れるように黙々仕事をこなしていった。

そして不意に思い出したかのよう手を止めて呟く。


「クリスがいれば」


……解決してくれるのだろうか。


あまりに淡い期待であった。クリスは経営には詳しかったが権力闘争には無縁そうなためだ。

それでも他に頼れる人もいそうにない。カルロス内の人に相談して、下手に動けばアリス自身の行動が制限されて余計に身動きがとれなくなることは容易に想像がついた。アリスは藁にもすがる気持ちでクリスに手紙を書くことにした。


少しでもいいからいいアドバイスが欲しい。と。




それから幾日の日が過ぎただろうか。

距離があるので日数はかかるだろうが返事がはまだ返ってこない。

何もできないまま待ち遠しい日を過ごしていると、アリスは使用人達がよくない噂を聞くことになる。


「クリスがローズ商会を乗っ取ったらしい」


話の内容はこうだった。アリスがカルロスへ帰った後、クリスはローラン王国と手を組み、貴族の屋敷をもらった。そして人を集めて、工房も作っているらしい。そしてローラン王国の国王の庇護のもとでローズ商会をのっとる計画との事。アリスと一緒に帰らなかったのも離れ離れになる口実だったということらしい。実際、乗っ取りを除けばアリスとクリスで事前に打ち合わせにしていた内容であり、ローラン王国で着々と事業計画が進んでいることがわかった。おそらく普段のアリスなら気にも留めなかっただろう。


しかし、今のアリスを不安にさせるには十分だった。なぜならクリスから手紙の返事が一向に返ってこないのだ。アリスはクリスが手紙を返さない理由を考えた。


もしかしたら単に忙しいのかもしれない。手紙の返し方を知らないだけなのかもしれない。

クリスならありえる……


そう思うとアリスはため息をついたが考えを改めた。よく考えれば知らないからといって返事をしないクリスとは思えない。


だったらクリスにも何かあったんだろうか。


……それにもしクリスが裏切っていたとしたら。


ローラン王国の支持があるのだ。容易に商会を継続できるし創業から関わっているクリスはその能力を持っていることをアリスは知っていた。そうなると残されたアリスは会長としての地位を失いダリルの妻として過ごすことになってしまう。思えば忙しい日々でほぼ毎日一緒ではあったが、一緒にいたのはせいぜい1年程度。裏切られたとて文句が言えるほど長い付き合いでもなかった。

アリスは思わず悪い考えをしてしまい慌てて首を振って考えを取り消す、思考は言葉となり、それが行動となって習慣、性格となり、やがて運命になる。そんな運命アリスにとってはまっぴらごめんだった。


クリスがそんなことをするはずがない。

それに今は自分のところへはローズ商会としての仕事がやってくる。


そのことだけがアリスがクリスを信じる希望となっていた。

しかし、それも長くは続かなかった。日が経つにつれてだんだんローズ商会の仕事がこなくなったのだ。工房も発注が来ず休業中になりつつある。

アリスのもとに仕事がこなくなって何日が経過しただろうか。本来であればアリスは単独でも動くのだが日数が経過するにつれてアリスの行動がばれてしまったのか、それともカルヴァート商会の監視もあってかカルロスの城壁から外へはでられなくなっていた。

そうなると営業をやってきたアリスにできることは限られている。いつの間にかアリスは来る日も来る日もクリスのことを考えるようになっていた。

傍にいるときは何も思わなかったが、今になって改めてクリスの存在の大きさを思い知らされる。

クリスは私に従って当然だと思っていた。でもよく考えてみればクリスは経理部でも期待の新人だったのだ。自分よりも優れた人がいればその人のもとへ仕えてもおかしくない。

考えれば考えるほどにアリスは自己嫌悪に陥り、日をおうごとにやつれていった。


「何やっているんだろう私」

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