32
1-8 王都
アリスは謁見を前に今回の交渉相手となるヘンリー王についての情報を思い出していた。
ヘンリー王はローラン王国を現在統治していて、王都をオルランドにおいている。
政治体制としては分権制となっており、決して王国の権力が強い訳ではなかったがヘンリー王のときに指示に従わない諸侯を討伐し、要所を押さえた王領は広大で兵も強かったため、現在の諸侯は皆、ヘンリー王に従っていた。
そして、要所を押さえ年々高まる権力を皮肉り貴族からは賢王とも呼ばれている。最近では目立った討伐戦争は起こっていないものの、それは諸侯が恐れをなして従っているだけだと思われ、貴族たちは表向きは忠誠心を示し、裏側では今後を見据えて跡目となるのエドワード派とエリック派が取り入ってに分かれて対立が起こっていたらしい。
そのことに嫌気をさしたヘンリー王は第1王子のエドワード王子を跡目として決め、混乱が予想された跡目争いも終息を向かえたのだとか。
この話はすべて大学生活にエリックが一人でぺらぺらと話してくれたおかげで知ることができた話だった。
立場の関係上、無視することもできず、笑顔で相槌を打ちながらよく喋る人だなとしか思わなかったけれど、こうして謁見を控えた状況で交渉相手の人間性を推測できる話は貴重な情報だった。
まさか、こんなところで役に立つなんて。エリックも案外役に立つじゃない。
絶対に口にはできないことを考えながらアリスは当時話しをしてくれたエリックに感謝した。
謁見の間に入るとヘンリー王以外にもローズ商会と取引のある貴族達が何人もいた。国王陛下に呼ばれて居たのであろうが、噂の少女2人の謁見に興味も持っているようだったが好奇心で向けられる視線はあまり気分が良いものではなかった。
ドレスに慣れていないクリスを気にしながらアリスは謁見に望んだ。
「陛下、このたびはローズ商会のアリス・ロジャースに面会の機会を下さったこと感謝申し上げます」
「うむ。そたなたちの活躍はかねがね耳にしておる。して用件とは」
ヘンリー王のよく響くゆったりとした重い声でアリスに問いかけた。普通の女の子であれば圧倒されていたのかもしれない。ただ、アリスはロジャース商会の娘としていろんな貴族と接してきたこともあり、萎縮することもなかった。
「はい。王都に私たち商会の工房を置きたく、ギルドへの口ぞえをお願いしに参りました」
「なるほど。要望の件、承知した。王国としても良い話だ。すぐに取り計らおう」
ヘンリー王は快く了承した。アリスにとってはすんなりと承諾を得て意外だったが、ロジャース商会に恩を売るつもりなのかもしれない。
そう思うと計算された判断に対して感謝を感じることもなかった。
「ありがとうございます。また、もう一点お願いがございます」
「ほう、何かな」
ヘンリー王が少し目を細めた。
事前の手紙ではこの話のみ書いていた。予期せぬ話に少し機嫌を損ねてしまったかもしれない。
アリスは毅然としたまま話を続ける。
「はい、王都並び領主様の町に販売店をおきたいと考えております」
「ふむ、販売店とな。それによりこちらにどのような利点があるのかな」
「領主の方が作った薔薇が石鹸として領民が使う。そうすれば」
「領民の不満が減り関係がよくなる……か」
「そのとおりでございます」
「おもしろい。各領主に口ぞえをしても良よい」
「ありがとうございます」
「ただし条件がある」
ヘンリー王がニヤリとした。
きた。この国王が無条件で了承をするはずがないことをアリスは最初から想定していた。
アリスは気持ちを落ち着けるために少し間を置き、国王に悟られないように気をつけながら答える。
「……何でしょうか」
「王都にローズ商会の本拠地を置いてもらいたい」
「王都にですか」
「うむ。ローズ商会の人気は知っておる。だからこそ良い関係のためにと思ってな。」
周囲の貴族達がざわつき始める、視線はアリスに集中していた。
アリスは最初からローズ商会をローラン王国へ移動することは考えていた。ロジャース商会のダリルと対立している運賃の件もある。しかし、ロジャース商会の屋敷の一角がローズ商会の事務所となっており、世間から見れば、どう見てもローズ商会はロジャース商会の傘下にしか見えなかった。
おそらくヘンリー王はロジャース商会を懐柔しようと考えているのかもしれない。
しかし、ロジャース商会もアリスもそんなつもりは全くないが事業を行うためには断る選択肢もない。
アリスは慎重に言葉を選ぶことにし、渋々の演出をするため声を少し低くして答えた。
「……陛下のご要望、承りました」
「ふむ。期待しておるぞ。必要なものがあれば王宮の者に言いなさい」
「はい。ありがとうございます。それではロジャース商会との交渉もございますので失礼させていただきます」
こうして謁見による交渉は無事終了した。
内容はローズ商会にとっては好都合だった。
これまでロジャース商会からの資金援助はあったものの監視下にあったため、本拠地をどうしてもカルロスに置かねばならなかった
それがローラン王国の国王からの命令ともなればロジャース商会とて拒否はできない。
関税や馬車の料金に悩まされていたローズ商会は、収益がより盤石になって名実ともに王室公認として独立できるかもしれない。
メリットとしては十分だった。
しかし、事は慎重に運ぶ必要もあった。現時点での成功を自力と勘違いして自惚れてしまえば、ローズ商会は虎の威を借る狐としてロジャース商会の威光がなければローラン王国の貴族達は見向きもしてくれないことは明らかだ。
ローラン王国の貴族達はロジャース商会と対立したい訳ではない。あくまでもローズ商会がロジャース商会、そしてカルロスへのパイプ役となってくれることを期待したうえでの考えだろう。
相手が求めものを見誤ればローズ商会のような弱小商会など簡単に潰されてしまう。
表向きは公正な取引であっても裏では見えない利害関係で経営が行われていることなどよくあることだった。
ちゃんとローズ商会の立ち位置をちゃんと理解した上で、動かなければ。
アリスのやるべきことはロジャース商会から快諾を得たうえで関係を維持したまま、本拠地をカルロスから王都オルランドへ移すこと。
私にできるのかしら。
アリスは気の遠くなる状況の解決策に悩んでいたが、クリスに頼ることはやめた。
ロジャース商会の会長はアリスの父親だったから。
自身の父親を自力で説得できず、どうして大商会を築けるのだろうか。今後も大きな交渉はたくさん起こってくるはずなのだ。アリスはそう考えるむしろ最初の障壁としては難易度が低いのではないかと思えてきた。
大丈夫、きっとやってみせる。
アリスとローラは謁見後、クリスを本拠地移転の準備として残し、カルロスへと帰ることにした。




