29 私は現状に満足しない
1-7 はじめての事業
「で、次の段階って?」
アリスはふと我に返り話を戻した。
クリスは腑に落ちない顔をしていたがアリスが言葉を続けると表情が笑顔に戻る。
「はい、まず、孤児院に寄付と親交を深めたいと考えています」
「あら、善行を提案するとは信心深いのね」
寄付についてはアリスも考えていた。この時代、教会への寄付が信仰心を表し、孤児院への寄付は善行であり、信仰心と善行を両立させることで天国へいけると信じている。
やっぱりクリスも人なのだ。悩みや不安があるのだろうと思うとアリスは何だか安心した。
のは一瞬だけだった。
「いえ、孤児院に通って人材の確保を行ないたいのです」
「・・・あなた建前だけでももう少し信仰心を持ったほうがいいんじゃないかしら」
「頼っても助けれくれるのは人だけじゃないですか」
クリスの言葉には驚いた。確かに言われてみればこれまで助けてくれたのは人だけど、それも神の導きだとアリスは信じて疑わなかった。でもクリスはどうやらそうは思っていないらしい。その考え方はアリスにとっては到底受け入れられる事ではないものの、クリスの提案である人材確保は確かに必要ではあったし悪い話ではなかった。
クリスは神を信じていない?この娘の思考回路はいったいどうなっているのかしら。
覗いてみたいという好奇心はあった。しかし一度知ってしまえば戻れない気がした。そう想像するとアリスは身震いし、複雑な表情でクリスを見た。
「・・・言うだけ無駄だったわ。まあ、私は異論ないわ」
「ありがとうございます。あと、工場の拡張を提案したいと思います」
「そうね。最近工房が余力ないみたいだし」
「はい、今ある工房では製造が追いつかなくなりつつあるのでローラン王国の王都に工房を持ちたいと考えています」
「王都に?今の工房を拡張するのではダメなの」
「すべてカルロス内であれば、それもよかったのですが、主要販売先がローラン王国にございますので」
アリスはダリルとの件が思い浮かんだ。
もう馬車の運賃で苛立つことがなくなるかもしれない。それはアリスにとって大歓迎だった。
大喜びで賛同したかったが、それを見られるのが何だか恥ずかしかったため、平静を装った返事をした。
「関税と外交に備えて・・・ということね」
「ご名答です。それともうひとつ。ローラン王国の王都と領土の大きな領主邸の近くに平民向けの販売店をおきたいと考えています」
「あら。どうして?」
アリスは目を細め、クリスを見た。
突然のクリスの提案に何を考えているか察しようとしたのだ。
「領主が作った薔薇が石鹸として領民が使う、そして利益は領主とローズ商会が分配する。これにより領民は貴族が楽しむ香りの娯楽を手に入れれますし、領主は利益と領民に慕われやすい環境を作れます。そしてローズ商会は」
「信用と利益を得られるということね。わかったわ、すぐに行動よ」
アリスはクリスとの話が終わるとすぐにロジャース商会のから人を借り、ローラン王国の王都へ使者を派遣してもらった。
これは単純に新参のローズ商会がローラン王国のギルド加入を容易にするためだ。ギルドに加入できなければクリスの言っていた販売店を持つことや工房を置くことにも何かと支障が出てしまう。その根回しとしてローラン王国から直接お墨付きをもらおうとアリスは考えた。
ロジャース商会経由にしたのはロジャース商会はカルロスの3商会の1角なため。新参のローズ商会であれば適当にあしらわれてしまうがロジャース商会ではそうはならない。悔しい現実ではあるものの、だからこそ使えるものはすべて使うべきだとアリスは考えている。
こうしてアリスとクリスはローズ商会での仕事をひと段落させるとロジャース商会が容易してくれた馬車と護衛、着替えなどに使用人としてローラを連れて、ローラン王国へと向かった。
こういう旅路はアリスにとって退屈な時間であったものの、今回は上機嫌であった。
そう、クリスが一緒にいるからだった。
馬車の旅路は携帯食品が主となり、途中宿があればそこで泊まる。
普段はクリスと仕事の話ばかりしていたものの、馬車で移動しながらということもあり、
これまで話したことのない話などもできるかもしれない。
アリスは始めての旅行のように楽しみだった。
クリスとどんな話をしようかしら。恋話、入浴場の話、お買い物の話、最近の流行とか。
あ、あと手品の話もまたしてみたいわ。
アリスはクリスと話してみたいことがたくさんあった。
そして旅立つ日程が決まるとアリスの期待は一層高まった。
そして始まったローラン王国への旅路の初日。
アリスとクリスはほとんど話をしなかった。
いや、正確にはクリスが話す余裕がなかったと言った方が正しいのかもしれない。
よく考えればクリスは長時間馬車にのったことがなかったのだ。
クリスは馬車酔いをしていた。慣れてない人が馬車酔いすることなど珍しくなかった。そう、仕方のないことだった。
「・・・」
アリスは落胆して肩を落とした。




