13 私は決して諦めない
1-4 私、中世で仕事をしてます!
そして数日後。
第5回事業計画書は何も進まず白紙のままった。
そして今日、クリスは打ち合わせの時間に遅れていた。
もしかしたら忙しいのかもしれない。最近、何度か遅れることがあった。
そう思ったが、主人よりも仕事を優先させていると思うと分かっていてもなんだか苛立たしく思えた。
コンコン
「クリスです」
「どうぞ」
クリスが扉を開けて、部屋に入ってきた。
「失礼します」
「・・・遅い!」
思わず叫んでしまった。
これではただの八つ当たりになってしまう。
アリスは自己嫌悪する。
「遅くなり申し訳ございません」
「まぁ、いいわ。それではよろしくね」
「はい」
クリスが素直に謝ってくれたことを申し訳なく思ったが取り消すのも今さらなため、アリスはぐらかすことにした。
何やってんだろう私。
第5回事業計画が進まないから苛立っているのかしら。
そう思いながら気を入れなおす。
「まずは商品ね。やっぱりいくら考えても無理があるのよ。売れている商品を安くして売ればいいじゃない」
「それはだめです。アリスさんは囚人のジレンマをご存知ですか」
「何それ?経営と関係あるの?」
「はい。例えばアリスさんと競合がいます。アリスさんが安くしたら競合はどうなりますか」
「売上が落ちるわね。そして私の方の売上が上がるわ」
「そうですね。でも、その競合が同じ値段に落とせばどうなりますか」
「それは・・・あ」
「はい、アリスさんの優位はなくなりお互い利益だけが減ります。しかも値段は戻した側が損を被ります」
「じゃあどうすればいいのよ」
アリス不機嫌になりクリスを睨む。
その話は何度もして考えたのだ。それでもシルバー商会の成功を忘れられなかった。
「そうですねえ、競争しなければいいかと」
「はい?いやそれじゃあ物が売れないじゃない!」
「違います。既存物に対して付加価値をつけたり、より便利になるような代替を用意するんです」
「ふーん。例えば?」
「例えば石鹸がございますよね。これは身体を洗うものですが、これを髪専用に作ったりするのです。既存のものであれば髪が痛むものが多いですが髪が潤うものがあればいいなと思いませんか」
「まあ、確かに」
「そういったあればいいなを作り、販売するのが競争しない戦略です。あればいいなというのは現時点でないということですから」
「なるほど」
「ご理解いただけましたか」
クリスはニコニコしながら話してくれた。
何でクリスはこんなにも詳しいのであろうか。アリスには大学をでていないはずのクリスの言動はどう考えても田舎娘の範疇を超えていて理解し難かった。
「ええ。あなたが本当は商人だったんじゃないかと思うくらいには」
「ご冗談を」
思わず皮肉を言ってしまう。クリスが言っていることはおそらく経営として間違っていない。そのことが更にアリスを苛立たせた。
そしてクリスの余裕ある表情もアリスが不機嫌になる要素のひとつであった。
「まあいいわ。商品案は明日にしましょう」
「かしこまりました」
これ以上は話を続けていてもいい案がでそうにない。
自分の感情が余計な方向に向かっているのを感じ、アリスは話を打ち切ることにした。
クリスがメモやペンなどを片付け、一度外へ出てお茶とお茶請けを用意して再度入り、用意をしてくれた。
アリスも気分を切り替えてクリスに話を振る。
「ところで、仕事には慣れたのかしら」
「はい、おかげさまで」
「そう、それならよかったわ」
「もし困ったことがあった相談してね」
「それなら・・・ちょっとよろしいでしょうか」
「あら。何かしら。何でも言っていいわよ」
クリスの顔が緊張した面持ちとなった。
主人らしいことができるかもしれない。そう思うとアリスは期待に胸を膨らませた。
「ありがとうございます。仕事の件についてなんですが、最近午後の2時くらいに仕事を追加されることが増えてきまして」
「あら。仕事なんですから仕方ないわね。今日も少し遅れたのはそれが理由なのね」
「はい。ただ、通常の追加だったらどうとでもなるんですが、最近その時間に増やされる量が多くなりまして」
「と、いうと」
「午後の開始の時間と同じ量が終業1時間前に追加されます」
「・・・そう。やはり無駄だったようね。それをこなしているんでしょ」
「はい。アリスさんをお待たせするわけにはいきませんので」
クリスの状況を簡単に説明すると、午後は4時間あり、午後の貰った仕事は1時間で終わらせれると発言しているので追加分を考慮しても全力でするとあと倍はこなせると宣言してるのだが、気づいていないらしい。
どうやら噂は本当だったようだ。そういえば、最近経理部が残業する姿をあまり見なくなったような・・・
「わかったわ。それならこれからは多少遅くなっても仕方ないわね」
クリスは遅れて来ることを気にしていたらしい。ちゃんと事情を話してくれたことがアリスにとってはなんだか嬉しかった。
「申し訳ございません。あと、もうひとつあるんですが」
「あら。それも仕事の件かしら」
「いえ、もうひとつの件は仕事もだいぶ慣れてきましたので外出して町を見て回りたいなと思いまして。ただ、初めての町ですのでどこになにがあるのかわからずどうすればいいかなと悩んでまして」
言われてみれば、これまでクリスが外へ出て行く姿をみたことがなかった。
クリスだって年頃の女の子。知らない町で一人で外出するのが怖いのかもしれない。
「そういえばずっと屋敷に居させていたわね。いいわ。今度の休みに一緒に外出しましょ」
「ありがとうございます」
アリスの了承にクリスは顔をほころばせた。




