103 後5 私達の物語
「……ごめんなさいアイリス、まだ怒っている?」
ローズ商会への帰路。アイリスは不機嫌だった。
というのも、クリスの勧誘を無事成功したのだが、そのまま帰ろうとしたときにアイリスのことを思い出したのだ。
慌ててアリスはアイリスを誘ったものの、アイリスがそのことをわからないはずもなく今も頬を膨らませていた。
「いいですよ。どうせ私なんて」
「そんなことないわ」
いじけるアイリスにアリスは必死にいろいろと感謝の言葉をかけて取り繕うがなかなか機嫌は直らなかった。
その様子を不思議そうにクリスはしばらく見ていたものの、何かを察したのかアイリスに近づくとアイリスの頭を撫でる。
「アイリス、いいこいいこ」
「私は子供じゃない!」
アイリスはクリスに抗議するが、機嫌は直ったらしい。少し照れた姿にアリスは納得がいかなかったものの、そこで余計なことを言ってしまえばもとのむくあみになってしまうので言葉を控える。
まだ、そのことを知ってか知らずかアイリスは頬をまだ膨らませていたもののようやくはアリスに話しかけてくる。
「これからどうするつもりなの?」
「大丈夫、何とかなるわ!」
アリスは任せてと言わんばかりに胸を張る。
しかし、この自信に満ちた返答にアイリスは呆れた顔をする。
「つまり、何も考えていないのね……」
「うぐっ……アイリス、そこは空気読んで」
アイリスの言葉が胸に刺さったものの、返せる言葉がなかった。
その姿をクリスは不思議そうに首をかしげ、ロザリーは苦笑いしている。
「と、とにかく大丈夫よ」
アリスはアイリスに言うだけだった。
ただ、そのアリスの言葉に偽りはなかった。
帰宅後からアリスは動き回った。まずはエリックに頼み、クリスが団長だったバラ騎士団はすぐさま交代となった。その候補として副団長だったカルヴァンが上がったものの、クリスが帰ってきたことを知ったカルヴァンは辞退しクリスの護衛をしたいと言い出したため、ランドック家のレオンが団長となった。
クリスとアイリスについては、クリスが当初記憶を失っていることを考慮して雑務からさせてみたものの、クリスは記憶を失ってもクリスだった。記憶は失っても知恵や経験は残っているらしい。アリスの心配するまでもなく、軽々と仕事をこなしてしまったため、結局早々にもとの仕事を任せることになった。
ただ、クリスの存在に関しては匿名の存在……となるはずだったのだが、クリスの能力はどう足掻いても目立つ存在。そのため、今回は表向きはアイリスを上司にしてクリスをその部下とする形でクリスが名を名乗らなくても良い状況にし、髪型も片寄せにして、人目につく場所ではフードや帽子を被らせた。
そのことに関してはクリスは疑問を抱いていたようだが素直に従ってくれたし、アイリスもクリスを指示できる立場が気に入ったらしく特に不満がでることもなかった。
こうして、再び新たな一歩をローズ商会は歩み出し、アリスは再びクリスやアイリスと少しずつ楽しい記憶をなぞるようにして一緒に王都で買い物をしたり入浴を楽しんだりするようになった。
また、ローズ商会とバラ騎士団が順調に回りだしたことを確認したタイミングでアリスのすすめによりレオンとロザリーは正式に婚約をした。加えてベルとウィリーについてもその後に続くように婚約をした。なお、バラ騎士団はレオンの身分や功績が考慮され、団長になってから規模を一気に拡大して今や数百人規模まで大きくなっているらしい。
こうして月日は流れ、アリスはアイリスに話を聞いたりしながら会長室である作業をしていた。
「だいたいこんな感じかしら」
「アリス様、何書かれているんですか?」
アリスが何やらずっと書いていたものを不思議そうにベルは見ている。
「え?ああ、これ?これはクリスの日記だったものを少し書き換えていっているのよ」
「書き換え……ですか?」
アリスが何を言っているのかわかりにくかったのだろう。ベルはキョトンとしていた。
「ええ、この日記には一部抜けているところと欠けている内容があったの」
「そうなんですか」
「だからこうして補足して物語風に書いていっているのよ。この物語はあと少しで終わるわ」
「もしかして、今話しているやりとも書いていたりします?」
ベルが恐るおそる聞いてくるとアリスは笑顔で答えた。
「もちろんよ」
「あ、やっぱり」
話しを聞いてある程度予想はしていたらしい。ベルは少し恥ずかしそうにしていた。
「でも、クリスさんの話を物語にするんですか?」
「ええ、変かしら?」
「いえ、そういうのは当人の了承を得るものなんじゃ……」
そういうとベルは少し気まずそうにしている。
「大丈夫よきっと。クリスなら苦笑いしながらでも了承してくれると思うわ。だって……」
アリスの書いている物語ではクリスはここですべてが終わり。でも今は……
アリスは窓の外を眺めた。つられるようにしてベルも窓の外を眺める。
「そう……かもしれませんね」
そんな話をしているとドアのノックする音が聞こえた。
「どうぞ、入ってらっしゃい」
「失礼します」
そう言って聞きなれた声と共に二人が入ってきた。
「アリスさん、お待たせしました。どうかされましたか」
アイリスとクリスだった。アイリスは相変わらずの態度だったものの、クリスがそれを補うようにして対応している。
「お疲れ様アイリス、クリス。だいたいの内容ができたわ。アイリス、見て欲しいの」
「わかりました。じゃあ、それは後で見ておきますね」
「ええ、よろしく。ところで入浴事業はどう?」
「そうですね。未使用期間が長くて利用者が減っていましたが、少しずつ回復傾向かな」
「そうよかった。引き続きその調子でお願いね」
こうしてまた、忙しいローズ商会の仕事が始まるのであった。




