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翌日からアリスは動いた。
動いたといっても事業計画を始めたのではない。
計画を遂行するために現場の知識と信頼の地盤を事前に固めるために動いた。
就業開始前、アリスは仕事先の営業所へ向かった
職場ではロジャース商会の令嬢として扱われたものの、アリスは新人として敬語を使い、他の先輩方に敬意を払いながら働いた。
初日は営業部長のダリルに挨拶し、従業員ともできるだけ新人として先輩を敬いながら接した。
配属されたのは商品を取引先に販売したり、新規開拓を行なう事業部。
アリスの性別や特性を考えてアクセサリーや小物関係の営業として配属された。
部署では最初は従業員達がアリスを敬遠していたものの、日が経つごとに従業員の人達も徐々に警戒心を解きはじめ、ロジャース商会の令嬢としてではなく、ここで働く一人の新人として扱ってくれた。
ただ、男性従業員の中には勘違いをしてアリスに言い寄る者もでてきたりしていたが、そういった人は女性従業員が助けてくれた。
そして、助けてくれら従業員に素直に感謝すると、アリスがまだ少女ということもあり、母性をくすぐるのかとても可愛がられた。
こうして下積みを続けることさらに数日。
アリスは可愛がられながら、仕事もそつなくこなしていた。努力も着実に実を結び営業部署では男女共にそれなりの評判を得られた。
もっとも、相変わらず男性従業員が勘違いして言い寄ってくる人もいたが、笑顔で丁重にお断りしていればなんとかなった。
それに仕事が終わればクリスと事業計画の打ち合わせがあったので、誘われることはあったもののアリスに浮いた話がでることもなかった。
「といった感じなの。クリスはどう思う」
「私は営業についてそこまで詳しくないので」
今はクリスと雑談しながら事業計画を練っている。
クリスなら何か返してくれると思ったが芳しくない。意外と営業は苦手なのかもしれないとアリスは思うことにした。
「あら、クリスなら何か知っていると思ったんだけど」
「私はまだ勤めたばかりですし、仕事なんてまだ右も左もわからない新人ですよ」
「あなたって・・・」
そう、クリスも勤めはじめたばかりなのだ。
それでもクリスは経理部としてたった数日で噂に上っている。
渡したら渡した分だけ時間内に必ずこなす不思議な黒髪少女と。
アリスはもう少し自覚したらとクリスに言いたかったがやめた。
不思議そうに首を傾げるクリスの姿が容易に想像できたから。
「まあいいわ」
「それよりもアリスさんがそんなに多くの先輩方と仲良くできるのが羨ましいです」
「あら、あなたの部署は?」
「私の部署はほとんど男性ですから」
クリスは苦笑いをした。
文字をちゃんと読めて算術ができて、帳簿が書ける。
確かにそれなりに教養が必要なことを考えれば仕方がないのかもしれない。
男性はけっこうプライドが高いというし、もしかしたらクリスもけっこう苦労しているのかもしれない。
そう思うとアリスは苦労しているのは自分だけじゃないと思えて少し安心できた。
「男性が多いのも何かと大変そうね」
「ええ、聞けば教えてもらえますが小娘扱いがすごいですね」
「ああ、それは分かる気がするわ。でもそれももう少しで終わりになるはずよ」
「いよいよですか」
「ええ。クリスのほうは準備はどう」
「リストアップはしておきました。こちらの中から選んでいただけばと思います」
アリスは不良在庫リストを受け取った。
「価格はどれくらい下げられるの」
「そうですね。どうせなら分かりやすくインパクトのある半額はどうですか」
「あら、そんな価格で大丈夫なの」
「だめですね。でも残っちゃっても困るんで」
「わかったわ。売り切ればいいのね」
「そういうことです」
アリスの事業計画の土台は着々と進んでいった。
そして事業計画を営業所に提出の日。
営業所で書類を持ち、アリスは営業責任者のダリルの前に立った。
お父様の権威を極力使わず事業計画を通す。これがアリスのノルマだ。
「ダリルさん、お話があるんですが」
「何の用ですか。アリスさん」
アリスはダリルが苦手だった。
営業責任者ではあるものの、ニヤニヤとアリスを見る目はまるで値踏みをしているようで、他の女性からもあまり人気はよろしくなかった。
「現在在庫としてあるものを消化する方法がありましたので試させていただきたいと思いまして」
「ああ、そうなんだ」
ダリルの興味なさそうな返事をぐっと堪え、書類を渡す。
「ふーむ」
ダリルは書類を見ていたが、やはり興味はなさそうだった。
実際どこまで真剣に読んでいるのかも怪しい。
「現状の在庫を一度スッキリさせてしまえば新しい商品を入荷できますし会長からの評判のよくなると思いますよ」
「ふーむ。でもねえ」
ダリルは会長という言葉にピクリとしたが、まだ悩んでいるようだった。
アリスは少し苛立ったがぐっと堪える。
「もし、失敗等がございましたら私が全責任を負います。一度試させてもらえないでしょうか」
「ふーむ」
ダリルは何やら考えているようだった。おそらく勘定しているのだろう。
事業を採用するメリットとデメリットを。
「うん。わかった。その事業案を採用しよう」
「ありがとうございます。それでは早速準備に取り掛からせていただきます」
「ところで・・・この後事業に関する話を詳細に聞きたいから食事でもどうかな」
「ありがとうございます。ただ、準備がございますのでまたの機会にでも」
「そうか」
ようやくダリルから開放された。了承は既に得ているのだ。わざわざ食事をする理由もなかった。
事業了承の前に食事に誘われなかっただけまっしなのかもしれない。
そう思い、アリスは気を取り直すさっさと仕事をこなし、クリスとの打ち合わせのために自室へと早々に帰宅した。




