五章 5
別の部屋に移されたみなもは、今は全身麻酔で眠っている状態だ。
ベッドの周りでは、看護師さんたちが忙しそうに輸血の準備をしている。
隣のベッドには、ヒマそうな店長がPSSでモンプラをプレイしている。
……けど、さっきっから動かずに、小型肉食獣にドつかれてばっかりだ。
僕は光明寺先生のマネをして、店長からPSSを取り上げた。
「んあ。返せよ」
虚ろな目で僕を見上げる店長。
店長がこんな狼狽えてるから、僕がしっかりしなきゃ。
「電池のムダだから切るぞ、店長」
僕はPSSの電源を切ると、店長の腹の上にポンと投げた。
「みなもは瑞希じゃない。落ち着けよ店長」
僕だって不安なのに。
店長は半身を起こしてPSSをベッド脇の台の上に置くと、再びごろりとベッドに仰向けになって、死んだ魚のような目をしながら言った。
「俺……もうこんな気持ちになる事ぁないと思ってたんだ。
あいつが死んでこっち、女も作らなかった。死んだら悲しいからな。
なのになあ、何でまたこんなことになるんだ?」
情けないヤツを目の当たりにすると、こんなにイライラするんだって初めて知った。みなもはいっつもこんな気持ちだったんだろうな。
だから、ついつい言葉もキツめになって……。でもずっと一緒にいてくれた。
店長、あんたの側には明日華ちゃんがいるじゃないか。
何で見てやらないんだよ。
って、みなもを裏切った僕が言えた義理じゃないが。
僕は両手を組み、大きく振りかぶって、店長の腹に打ち込んだ。
ぐぼっ、といううめき声を上げて店長はベッドもろとも二つ折りになって、体を丸めて床に転がった。
「すいません。ちょっとコイツムカついたんで。あとでベッド弁償しますんで、基地に請求書送っといてください」
僕は、目を丸くしたお医者さんや看護師さんたちに言った。そして泥酔者のように床に落ちている店長の、アロハの襟首を掴んで持ち上げた。
「さっさとこのおっさんから血ィ絞って、みなも治してください」
「……俺は猫じゃねえぞ……」
店長が僕の腕を払いのけて言った。
gdgdおじさんも、少しは気合いが入ったみたいだ。
目が死んだ魚のソレから、武神のものに戻ってる。
僕はフン、と鼻を鳴らすと、部屋の隅にある椅子に腰を下ろした。
こっちだって、いろいろありすぎて頭パンクしそうなんだよ。
なんでいい大人のアンタがいつまでもgdgdしてんだよ。
マジかんべんしてくれよ……。
僕は腕組みをして、看護師さんたちがベッドを入れ替えたり、みなもの腕にチューブを繋いだりしてるのをまんじりともせずに見つめていた。
店長の腕にもチューブが繋がれ、赤い血が細い管の中を進んで行く。
――あれが、みなもの中に入るのか……。
そう思った瞬間、僕は言いようのない激しい不快感に襲われた。
……やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ――
「やめろ――――――ッ!!」
気付いたら、僕はみなもの腕からチューブをむしり取り、彼女の体を抱き上げていた。
分からないけど、死ぬほどイヤだった。
店長の一部がみなもの体に入る、それがたまらなく許せなかった。
「おい、何のマネだ! みなもをベッドに戻せ!」店長が吠えた。
「い、いやだ! お前の血なんか入れてたまるか! みなもは僕のものだ!」
僕は壁際に後ずさり、みなもを抱き締めたまま頭を振って、半狂乱で叫んだ。
「どうしたんだ?」
ドアを開けて難波さんが入ってきた。基地から戻ってきた。
「おい威を捕まえろ。みなもを取り返せ」
店長がベッドから起き上がって言った。
「いやだ、取らないで、みなもを取らないで」
僕は泣きながらみなもを抱き締めていた。
「取らないで、取らないで、みなもを取らないで、僕から取らないで……」
難波さんがゆっくりと近づいてきた。
「大丈夫だ。誰も取らないから。ただみなもを治してやりたいだけなんだ。
さあ、みなもをベッドに寝かせろ、な?」
「う……でも……やだ……よ……」
僕は部屋の隅っこまで後退したけど、それ以上下がれなくて、みなもを抱えて背中を向けるしかなかった。
「絶対いやだ……」
「大丈夫だから。本当に誰もお前からみなもを取り上げたりしやしねぇ。だから――」
背中で難波さんの声を聞いた。
でも聞き終わらぬうちに、僕の意識が途絶えた。