一章 6
市ヶ谷の国防省に僕らが到着したこの時点でも、まだ兄貴たちは見つかっていない。民間船まで動員して大捜索中らしいけど、なんなんだよ、兄貴のバカヤロウ……。
「……というわけで、君には後任の『イクサガミ』として、ニライカナイ基地に着任してもらいたいんだ」
応接室っぽいところに通された僕らを待っていたのは、制服の胸に何段もカラフルな略章をくっつけたおじさんたち。僕とさっきから話してるのは、その中でも一番恐い顔をしたおじさんだ。胸の略章の段が増えすぎて板みたくなってるから、多分結構エライ人。
実はこの部屋に来てから、僕が兄貴の後任になるならないで小一時間ほどもめている。
「兄貴はそのうち見つかるんだから、無理に僕が行く必要ってホントにあるんですか?」
おじさんたちとの不毛なやりとりに業を煮やした難波さんが、
「イクサガミ不在が世界中に知れた今、琢磨氏の帰りを敵さんは待っちゃくれねぇ。とにかく、お前さんが今すぐ必要なんだ。頼む、島にいてくれるだけでいい。カメクラもある。美味いもんもいっぱいある。今よりずっと設備のいい学校もあるし、大きなショッピングセンターも遊ぶ所もたくさんある。給料も弾む。軍はお前達に何の不自由もさせねえつもりだ」そう言って、おじさんたちに振り返って続けた。「ですよね、三島司令?」
「えっ? あーごめん難波君、聞いてなかった。……なんだっけ?」
えらいおじさんたちよりは、もうちょっと若い、部屋の隅っこでお茶を飲んでいた眠そうな目をしたおじさんが、難波さんに急に話を振られて困っていた。
「南方弟の待遇の件ですよ、司令」
「あ、はいはい。初めまして、南方威くん。おじさんは、ニライカナイ基地で司令官やってる三島といーます。とりあえず、おじさんと一緒に来てよ。悪いようにはしないから」
三島司令は「一見」人の良さそうな顔でニッコリすると、僕にそう言った。
『何かたくらんでるヤツに限って、悪いようにはしないって言うんだ、親切そうな顔をして近づくヤツほど、腹で何考えてるか分からないから、特に用心しろ』って兄貴が言ってたのを思い出した。もしかして、この人のことだったりして。
なんて、訝しんでいる僕をよそに、みなものやつが腕に絡み付いてきた。こいつも僕と同様に兄貴の心配なんかしてないから、気楽なもんだ。
「ねぇねぇ、いるだけでいいって言ってるしぃ、行ってあげようよ~威~~」
「お前、自分が戦巫女になりたくて言ってんだろーがっ、なに嬉々としてんだよ!」
「別に戦巫女になりたいだけじゃないもん! 威の戦巫女になりたいんだもん!」
「あ……すまない。そう、だよな。でも…………」
戦巫女。それは叶えちゃいけない、みなもの夢なんだ。僕は今日、僕自身の手で、みなもの夢を潰そうとしていた。それがみなもの、そして僕の幸せのためだと信じて。
でも、もしも他にみなもを幸せにする方法があるのだとしたら――?
「……僕が島にいさえすれば、たいていの要望は聞いてくれるってことですよね?」
三島司令の口の端がグっと吊り上がった。目は素のままで。「もちろん」
「……わかりました」そう言った途端、おじさんたちから、おおっと歓声が上がった。
「そのかわり、」兄貴が帰ってくるまで、と言いかけてやめた。せっかく夢が叶っても、またすぐに取り上げてしまったら、みなもが悲しむ。
「みなもだけは時々、本土に行かせてやってください。お願いします」
「請け合おう。――ようこそ、皇国海軍へ。南方威少尉、そして橘みなも准尉」
三島司令は僕に手を差し出した。でも僕は、彼に生理的に薄ら寒いものを感じて、どうしても握手をする気にはなれなかった。