四章 42
巨大生物対策、もとい、海難事故対策とかで、今日の訓練はお休みになった。
自宅に戻ると、ちょうど光明寺先生が部屋から出てくるところだった。見慣れた所から白衣を着た人が出てくると、ぎょっとするものがあるな。
「先生、うちに用ですか?」
見ると、先生はかっこいい大きなツールボックスをぶら下げていた。赤い十字が書いてあるから、多分救急箱みたいなものだと思う。……ってことは、往診?
「みなもちゃんの調子が悪いみたいだから、往診に来たのよ」
「そうですか、ありがとうございます」
様子を聞いてみると、貧血に加えて不眠気味らしい。
不眠か。僕のせいだろうか……。
部屋に入った僕は、みなもに声をかけてみた。
「ただいま。みなも、おきてるか?」
僕は、ずいぶん長いこと『ただいま』なんて言ってないのに気付いて、すこし気まずかった。寝室の方から、パジャマ姿のみなもがのそりと出てきた。
なんだか目がうつろなのは、寝起きだからか、それとも薬のせいだろうか。
「……おかえり」
「いま先生と会った。大丈夫か? めし、ちゃんと食えたか?」
「……お昼に先生が持って来てくれて食べたけど、気分はあんまり良くないよ……」
弱っているせいか、みなもが縋るような目で僕を見る。
こんなみなも見たことがない。もしかして今までは、故意に弱みを見せなかったんだろうか……。
「そっか。悪かったな、起こして。部屋連れてってやる」
僕はみなもを抱き上げ、寝室まで連れていった。僕に体を預けたみなもは、心なしか嬉しそうだった。
ベッドに寝かせてやると、みなもが僕の手をぎゅっと握り、
「威、いっちゃヤダ……。いかないで」と僕に懇願した。
本当に、こんなの初めてだ。
こんな、弱々しく僕に救いを求めるみなもなんて……。
なぜか急激に胸が切な苦しくなった。
みなもを、護りたくてたまらなくなった。
もしかして、僕に足りなかったものって……。
それとも近すぎて分からなかったことのか。
「いるよ、ここにいる。大丈夫だよ、みなも……」
僕が添い寝をしてやると、みなもが抱きついてきた。何かに怯えているように見える。でも、一体何に?
「ごめん……今日だけ許して」
「何を?」
「もう……威に触れたら、いけないんでしょ……私」
ぐさり。
僕は背中に穴が開くほどに、胸をえぐられた気持ちだった。
こいつはまだ、本当は、僕を必要としていた。
僕を捨てたんじゃなかったんだ……。
いや、もしかしたら、一度捨てたけど、伊緒里ちゃんに取られて、惜しくなった、取り返したくなった、とか……。
とにかくハッキリしてるのは、『みなもがいま僕を必要としている』ってことだ。
「そんなことないよ。お前が元気になるまで、僕はそばにいてやるよ」
「……ありがと」
自分がすごく無責任なことを言っている自覚はある。
ひどく心がブレてる自覚もある。
でも、みなもはやっぱり僕にとって家族同然なんだ。
こいつが僕をどう思おうと見捨てるなんて出来ない。
こいつをこんな気持ちにさせた原因の、半分は僕にもある……。
でも、伊緒里ちゃんと別腹って、許されることなんだろうか……。