一章 5
でも、あのあと僕は、出雲行きの飛行機には乗らなかった。
兄貴がドジったんだ。ヤツの乗った戦艦「ゆきかぜ」が沈んだ。
いったい海で何があったのか。あの南方琢磨が乗っていたっていうのに――。
スイーツをみなもに腹いっぱい食わせた後、公園でのプロポーズに挑んだ僕を待っていたのは、ひどい顛末だった。せっかくいい雰囲気になったのに、いきなり海軍のいかつい兵士が五人ほど乱入してきたんだ。僕が覚悟を決めて、さあ指輪を渡そうって時にだよ!
「な、何なんですか、貴方たちは! 僕、軍には行かないことになってたでしょう!?」
僕は無茶苦茶慌て、ついうっかり、みなもの前で軍に入らないことを言っちゃった。でも、みなもはポカンとしてるから気付いてないっぽい。あぶなかった~。
「悪かったな。事情が変わった」海兵たちの背後から割り込んできた男が言った。どこかで聞き覚えのある声と、ガッチリとした体に海軍士官の制服を身につけたその人は――
「もしかして、難波……さん?」
「おう。この姿では、初めまして、だな。南方威君」
「「ええ~~~~~~~~~ッ!?」」僕とみなもは同時に声を上げた。
だって、え? いつも近所で見かけるあの難波さんが海軍中尉? どうなってんだ?
「あんなことがなけりゃ、ずっと近所の宅配屋の兄ちゃんでいられたんだけどな」
バツの悪そうな顔でそう言うと、難波さんはポリポリと頭を掻いた。
「あんなことって、一体何があったんですか?」と、僕は難波さんに詰め寄った。
「一昨日の夜遅く、ゆきかぜが沈んだ」
「はぁ―――――っ?」僕は思わずのけぞった。仰いだ空には少しスリムな満月が昇っていた。ってソレ満月じゃねぇよな。「なんで沈むんですか。兄貴が乗ってたんでしょ!」
「威ぅ、ホントに沈んだから、難波さんたちが来たんじゃん?」
「あ、それもそうか……」冗談でこんなことしないよな。でも、信じられない。
難波さんは「とにかく時間がない。続きはあっちで話す。悪いが二人とも、一緒に来てくれ」そう言いながら、ちょっと強引に僕の肩を抱いて公園の外の方に歩き出した。
この事態が僕の人生にとって、取り返しのつかないルート変更イベントってことに気付いたのは、軍港で乗せられた軍用ヘリの窓から、皇都の夜景が見えたころだった。