四章 30
「だれが同情してくれなんて言った! 貴様の喉笛噛み千切ってやる!」
次の瞬間、目の前にずらりと並んだ鋭い牙が現れた。
ふっと身を引くと、ガチッと顎が閉じる。
「うわッ! ホントに噛みつきやがった」
僕は咄嗟に二、三歩バックステップで距離を取った。背中にイヤな汗が流れる。
僕の眼前で、オレンジ色の街灯に浮かんだその姿は、人であって人でない。
精悍な体躯に犬科動物の頭部、そしてふさふさした尻尾。
人狼化した陸が、鬼の形相、いや猛獣の形相で僕を睨んで立っていた。
「逃げんな! 大人しく噛まれろ! 南方威!」
見た目は強そうだが、おつむは高校生のまま。どうにも緊張感が維持しにくい相手だ。
ミント臭の犯人もおそらくコイツだ。きっとメントスでも食ってたんだろう。
狼の口では発音しづらいのか、元の声とは違って聞こえる。
「やなこった! 逆恨みで食われる義理はねえ! ギャン泣きすっまでボコボコにしてやんぞ!」僕は啖呵を切って、双剣を構えた。すこしづつ後ろに下がって、陸との距離をさらに取った。
「伊緒里は俺のもんだ! 貴様を殺して取り返す!」
「殺したってムリだってのが、どうしてわかんないんだこの犬頭!!」
「犬頭言うなああああああ!!」
激高した陸が突進してきた。
僕もダッシュを始める。
陸の手が僕に届きそうになった瞬間――、僕はヤツの足下にスライディングした。
「!?」
陸が僕を見失った直後、僕はすぐさま起き上がり、基地のフェンスめがけて突っ走った。
あと三歩、二歩、一歩――
「でやあッ!!」
僕はフェンスの前で思いっきり踏み切って、三メートルもの高さを一気に飛び越えた。