四章 29
『ゴスッ!』
鈍い音と共に、激しい痛み。
少しして、ぬるーっとした感触が頬を這う。ぺろりと舐め取ると、案の定、血だ。
そして僕の足下にごろりと転がるのは、人の拳くらいの大きさの石。
今は暗くて見えないが、調べればルミノール反応くらい出るだろう。
「ッてえな……」
石は結構な早さで飛んできた。普通の人間なら、多少は頭蓋骨が陥没してたに違いない。痛い、で済むのは僕くらいなもんだ。
伊緒里ちゃんにお休みを言って、基地までの道を歩いていると、誰かが僕に石をいくつも投げて来る。かすったり外れたりしながら精度を増し、そして頭にクリーンヒットだ。
犯人の見当はもう付いている。
「陸くんでしょ。いーかげんにしてくんないかな。もうやめようよ。気持ちは分かるけど、お姉ちゃんだって喜ばないよ」
視界の外にいる陸に呼びかける。そこらへんの木の上からでも投げてんのだろう。
「ふざけんな! 寝取ったヤツが何言ったって説得力あるわけないだろうが!」
そう叫ぶと、また石を投げてきた。今度は肩に当たった。
拳くらいの大きさがあるから、マジでけっこう痛い。
彼が怒り心頭なのは分かる。だが最初っからコソコソ隠れて嫌がらせをしてくるなんて、卑怯じゃないか。
「イテテ……、ハッキリ言うけどさ、君はフラれたんだ。身内だとか違うとか関係なく、君は伊緒里ちゃんの恋愛対象じゃないんだ。君のせいで伊緒里ちゃん、結構怖い思いやイヤな思いしてきたんだぞ。ぶっちゃけ病む一歩手前だったんだ。お姉ちゃんを病気にしてどうすんだよ。小学生じゃあるまいし、いい加減気付こうよ?」
「後からのこのこやってきて、今日は今日で姉ちゃんとヤりやがって、マジブッ殺す。姉貴の膜は俺がブチ抜いて女にしてやる予定だったのに! 超殺す! 今殺す!」
つまり彼は、僕が彼女を抱いて帰ってきたところや、彼女が不自然な歩き方をする所までしっかり見ていたってことだ。僕が一人になるまで待ってるなんて、チキンなやつだ。
「そーいうとこなんだぞ、陸くん。伊緒里ちゃんがどんだけ身の危険を感じて怯えていたか、お前にその気持ちが分かるか? お前、伊緒里ちゃんが好きなんじゃなくて、所有物にしたいだけだろ!」
「ふ、ふざけんな! 俺は伊緒里を愛してんに決まってんだろ! 殺す!」
また一つ、石が飛んでくる。今度は足下に着弾し、どこかに跳ねていった。
「ウソつくな。お前全然伊緒里ちゃんのこと考えてないもんな! 彼女の前で、面と向かって僕のことも非難出来ない卑怯者。あーもーお前に同情すんのバカらしくなってきた。もーやめやめ。お前、ボコボコにしてやるからかかってきな!」
僕は腰から、最小サイズにした武神器を引き抜いた。パチパチと柄のスイッチを入れ、『双剣・危機と羅良』に変化させる。
やはりチョイスはこれ一択だ。相手は手数が多くて機動力の高い人狼、障害物の多い街中では僕が不利だ。せめてこのくらいのハンデは認めてもらわないと。
警戒しながら周囲をチラと見ると、少し先に基地のフェンスが視界に入った。中におびき寄せれば周囲にも迷惑がかからないかも。
そう思ったとき、ふとミントのさわやかな香りが漂ってきた――