四章 26
……で、『お願い』を叶えたばかりの伊緒里ちゃんは、いま僕の腕の中で、うにゅうにゅしてるところだ。
無論、一糸まとわぬ姿に決まってる。
途中経過はどうだったんだって? んな恥ずかしいこと言えるか。
……とにかく、なんとか無事終了したとだけ報告しておこう。
普段クールな伊緒里ちゃんだけど、実はとっても乙女なのが、ギャップ萌えというか、なんというか……。僕の前では素顔を見せてくれるのが、すごくうれしい。ギャップが、という話じゃなくて、僕のそばでは、安心してくれているってことがね。
伊緒里ちゃんが気丈なのは性格もあるだろうけど、やっぱり環境の方が大きいかなって思うんだ。だって、血の繋がらない三人の弟を育ててきたんだから、そりゃあしっかりせざるを得ない。八坂のおじさんはああいう人だから、きっと困ってる人がいると見捨てることが出来ないんだろう。だから、漁に出た先で見つけたあの子たちを、救ってやりたかったんだ。僕だって、おじさんの気持ちだけは分かる。兄貴はちゃらんぽらんな性格だけど人を見る目くらいはある男だった。その兄貴が友人として認めた人なんだから、多分いい人なんだ。
でも……、島の外から来た部外者が口出しするようなことじゃないけど、思春期の女の子への仕打ちとしては、あまりにひどい。彼女の父親には甚だ遺憾の意を表明したいよ。だって、誰にも相談出来ずに一人で苦しんで、ただただ島の外に進学して、あいつから逃れることだけを望みに生きてきたなんて、叶いもしない夢を手帳に書きためる日々を送っていたなんて――――あんまりじゃないか。
だからこれからは、僕が伊緒里ちゃんに楽しい思いを一杯させてあげたい。
とにかく今は、無防備に甘えてくる伊緒里ちゃんが、無性に可愛くてたまらんのです。
「伊緒里ちゃん、大丈夫?」
僕は夢見心地な伊緒里ちゃんの髪を撫で付けながら尋ねた。
「もう……威くん、何度も何度も聞かないでよ。……心配しすぎよ?」
「だって心配じゃん。あの……けっこう痛がってたし……」
「も、もうぜんぜん平気だもんっ。心配してもらわなくて結構ですっ」
ちょ、なんで怒られるのよ、僕。
「ったく……。ねえ、なんでそんなに嬉しそうなの? その……初めてなのに」
「……これでちゃんと威くんの彼女になれたから。……私、威くんのもの、だよね?」
「うん。そうだよ。伊緒里ちゃんは、僕の彼女だから。大丈夫。誰にも渡さないから」
「ありがと……。わがまま言って……ごめんなさい。ホントに……ごめんなさい」
伊緒里ちゃんが悲しそうな顔で言った。
いろいろあって、まだ気持ちの整理がつかないのかもしれない。
「ううん。彼女なんだから、もっとわがまま言ってよ。ね?」
僕は、伊緒里ちゃんがこんなに追い詰められてたってことが、すごく悲しくて、胸が苦しくなった。あの時保健室で僕を救ってくれた彼女が、こんなに苦しんでいたなんて。
どうしたら彼女をもっと楽にさせてあげられるのか、安心させられるのか、護られるばかりだった僕には、うまい方法もセリフも思いつかなくて、今は強く抱き締めることしか出来なかった。
「それより……。今更みなもちゃんのところに戻るとか、絶対言わないでよね」
「うん、言わないよ。ずっと一緒にいる。ちゃんと責任取るから、安心して」
「うん。……絶対よ」そう言って、伊緒里ちゃんは指切りをした。
その時、僕は自分自身に自由なんかなかったんだってことを失念していた。