一章 4
僕と橘一家の四人で『ドデッかに』を思いっきり堪能した翌日の放課後、僕は親友の吉田修太郎と学校のトイレにいた。いわゆる連れションってヤツだ。
「威、お前ホントに神サマやめるのか? それ、みなもちゃんは知ってんの?」
隣でズボンのチャックを下げている男子生徒、吉田修太郎が心配そうに言った。その語気には幾分静止の意も含んでいたが、そんなもんで僕の決意が変わってたまるか。
「しっ。誰かに聞かれたら困んだろが。……先に言ったらプチ殺されっから言ってない」
あの『恐怖の女王』に言えるか、んなもん。
この計画がバレたら僕は、メリケンサックを装備したみなもに鉄拳を以て粛正される。
『プチ殺される』とは、即ち半殺し《ハーフ・デス》。『ブチ殺し』なら、全死なのは言うまでもない。
「いや、後で言ってもフルボッコだと思うが……」僕の唯一の親友は、低いトーンで怯えるように言った。僕の身を案じているのが、震える声音からも分かる。
――カノジョ《みなも》は僕に強いるんだ。国防の要、皇国の守護神、この世で唯一の抑止力、
超絶ヒーロー的存在、『イクサガミ』になれ、と。
大切な女性のお願いだ。出来ることなら叶えてやりたい。
――――だがッ、断るッ!
僕がもし『イクサガミ』になってしまったら、首賭けても彼女を絶対幸せに出来ない。最愛の女よりも国を護ることを強いられるんだ。親父や兄貴の家庭がどうなったかを、間近で見てる僕が言うんだから間違いない。……そんなの、許せないだろう?
「威さぁ、あした出雲大社でナントカって儀式すんだっけ? 人間に『帰化』するヤツ」
「やっと儀式に応募出来る年令になったんだ。どれだけこの日が待ち遠しかったことか」
この儀式を受ければ、僕は生物学的にも「人間」になれるんだ!
みなもにバレずに人間になってしまえばこっちのもの。卑怯だって? 何とでも言え。
みなもの幸せの前では、いかなる手段も合法化されるんだ。……僕の中ではね。
「気持ちは分かるけど、みなもちゃんがキレ――」
「もう飛行機のチケットだって取ってあんだぜ。今晩、こっちを発つ!」
僕は吉田の言葉を遮った。奴の顔が露骨に心配のステータスをピコピコ表示してるが、そんなもん知ったことか。
「お前、愛だな」
「生き様だよ、クソッタレ!」
僕らはしばし睨み合い、……そして、盛大に吹いた。
今日はこの後、駅前に出来たカフェのスイーツバイキングでみなもをもてなした後、近くの公園で作戦を実行する予定になっている。告白をすっとばして、プロポーズをするつもりだ。成功率は五分五分な気もするけど、指輪の現物を見せればあいつだってウンと言うかもしれない。そしたら後の祭りさ。休み明けの僕はもう、人間さんになっている。
トイレを出た僕は、みなもの待つ校門へとダッシュした。
昇降口を出て、校庭を横切って、僕は校門の門柱に寄りかかるみなもを見つけた。
僕は、大きく息を吸い込んで、気持ちを落ち着けようと試みた。……失敗。
そして、ポケットの中で、ソレの柔らかな感触を確かめる。……まだ落ち着かない。
しかし時間はない。もう一度、その感触を確かめた。……よし!
短く起毛したベルベットに包まれた小箱の中身は、みなもに渡す婚約指輪…………。