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【旧】護国少年  作者: 東雲飛鶴
第四章 護りたい人が出来たんだ
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四章 22

「もう、ひどいよ威くん」

 僕は更衣室と書いてあるドアを開けて、ソファの上にプリプリ怒ってる伊緒里ちゃんを降ろした。中は会議テーブルや金属ロッカー、ソファーなどが置いてあるだけの簡素な部屋だった。

「だって淳吾さんもああ言ってたし。僕より伊緒里ちゃんのこと分かってるでしょ」

「だけど……具合が悪いように見えるだけで、ホントは違うんだもん」

 僕は伊緒里ちゃんの横に腰掛け、彼女の手を握った。

「どう違うの?」

「……こわい」

「何が? 陸くんのことなら、大丈夫って朝言ってたよね?」

「…………ウソ」

「うそ?」

「きのう陸がわめいてた声、今でも耳に残ってて、ホントはあの時すごく怖かった」

「じゃ、なんでさっきやせ我慢してたのさ。僕じゃ頼りないから?」

「ちがうわよ。心配かけたくなかったの。でも……一人になって色々考えてたら、すごく怖くなってきて……早く威くんが来ないかな、早く来ないかなって思って待ってた……」

「ごめん遅くなって」

 僕は伊緒里ちゃんをぎゅっと抱き締めた。「何がこわかったの?」

 伊緒里ちゃんは黙りこくって、しばらく何も言わなかった。

「じゃさ、とにかく着替えてさ、ここから出よ、伊緒里ちゃん」

 と言って、僕は伊緒里ちゃんの背中をぽんと軽く叩いて立ち上がった。

「大丈夫、僕は後向いてるから」

 僕がドアとにらめっこを開始すると、背後からロッカーの扉を開ける音や衣擦れの音が聞こえてきた。これがみなもなら全く遠慮しない所だが、さすがに昨日付き合い始めた女の子の生着替えをガン見するほど、僕はゲスじゃない。

 どうせしばらくすれば、一糸まとわぬ姿を拝謁することになるのだから、焦る必要もない……はず。

「あのね……」

 伊緒里ちゃんが背中越しに声をかけてきた。声が震えている。

「うん」

 伊緒里ちゃんは、ゆっくり話しはじめた。

「私、最初から威くんはみなもちゃんが好きだって、分かってた。でも、なんとなく私にも気があるのかな、とも思ってた。

 去年あたりから陸のこととかあって、いつも不安で、早く彼氏が欲しいなって、護ってくれる人が欲しいなって思ってて、でも面倒事に巻き込むの分かってるから、誰にも声をかけるのも、かけられるのも出来なくて、ずっと一人で悩んでた。

 そこに威くんが現れて、やっと救われるってすごく嬉しくて、威くんならきっと陸から護ってくれるって思えて、だから……」

「正解だよ。伊緒里ちゃんは正しい」

 みなもとは逆だな。彼女は、思ってることをちゃんと言葉に出来る。

「でも、ずっと待ち焦がれた騎士様はみんなの守り神で、独り占めしたら怒られるかもって思った。でも威くんは独り占めしていいっていうから、独り占めすることにしたの。

 でも次の朝、みなもちゃんがすごい剣幕で威くんのこと引っ張ってって、なんかすごい修羅場になってたけど、私どうしても威くんをみなもちゃんに返すのがイヤだったから、だから、みなもちゃんが少し可愛そうだったけど、あんなひどいこと言って……」

「じゃ、僕ら共犯? いや同罪か……」

 伊緒里ちゃんの啜り泣く声が聞こえてきた。

 僕は、このまま後を向いているべきか、それとも……。

「わがままだってわかってる。でも威くんを返したくない。ひとりに戻りたくないの」

 僕は部屋の灯りを消して振り向いた。

 そこには、ブラウスだけを纏った伊緒里ちゃんのシルエットが浮かび上がっていた。伊緒里ちゃんは今ロッカーに背を預けて泣いている。

 僕は伊緒里ちゃんに近づいて、隣に並び、同じようにロッカーに寄りかかった。

「伊緒里ちゃんに独り占めされて、嬉しいよ」

「……ホント?」

「どうしたら信じられる?」

「……私にも、よくわからない」

 答えが分からないからって、伊緒里ちゃんの不安をこのままにしておいていいわけはない。少し考えた僕は、腕時計を外した。

「これ、僕が中学に上がったとき、兄貴がくれた宝物なんだ。海軍の腕時計。五十気圧防水になってるんだ。伊緒里ちゃんにあげる」

 と言って、僕は腕時計を伊緒里ちゃんの手に握らせた。

「え、だめだよ、そんな大切なもの。私、貰えない」

 伊緒里ちゃんは時計を僕に返そうとして、僕のシャツのポケットに必死にねじ込んでいる。

「持っててってば」

 僕はその手を掴み、さらにもう片方の手も掴んでロッカーに押しつけると、伊緒里ちゃんは昆虫採集の蝶々みたいに身動きが取れなくなった。

 伊緒里ちゃんのブラウスは前がはだけて、胸元から腰まで、下着が丸見えだった。無論薄明かりの中だから、ぼんやりとしか見えない。

 伊緒里ちゃんと目が合う。

 澄んだ瞳で、僕を真っ直ぐ見つめてる。

 ――ドクン。僕の心臓が跳ねた。

 伊緒里ちゃんが、ゆっくりと目を閉じた。

「伊緒里ちゃん……」

「なあに」

「彼氏としたいことリストってあったよね」

「あるけど……どうしたの、急に」

 伊緒里ちゃんは目をあけた。

「あの中に、どうしても叶えてあげられないお願いを見つけたんだ。だから僕は、そのかわりに一つでも多くのお願いを叶えてやりたいって思ってる」

「叶えられないお願い?」

「……僕はこの島から出られない。任務を除いては。だから、ネコミミランドに連れていってあげられないんだ……。ごめんね、伊緒里ちゃん」

 伊緒里ちゃんは僕の腕の中で、ううん、と頭を振った。

「だってあれは、威くん用のお願いリストじゃないもん。かえって気を遣わせてごめんなさい……」

「いいんだ。僕はもう、誰かを失望させたくないから」


 ――――――――――もう二度と、失望させて、捨てられたくないから。


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