四章 20
「それはね、…………神の細胞よ」
光明寺先生は、とんでもないことを言い出した。
「先生ッ、それは……それは、すごくやっちゃダメなやつだ」
「そうよ。だから禁忌なのよ」
「禁忌……ですね、確かに。そんなこと出雲政府が許さない。神族を材料にするなんて」
「しかし、それを使えば、数多くの人間が救われる。驚異的な再生能力を持ち、老化をも寄せ付けない人外の組織。ほんの少しでも協力してくれる人、いや神がいてくれたら、父の研究は闇に葬られることもなかったし、汚名を着せられることもなかった」
先生は目に涙を浮かべ、白衣の太股のあたりをぎゅっと握りしめた。
お父さんが汚名を着せられるだなんて、先生はすごく悔しかったにちがいない。
「…………」
僕はこんな悲しそうで辛そうな先生を初めて見た。どう接していいのか分からなくて、かける言葉がしばらく見つからなかった。
「威くん、お願い……。父の無念を晴らしたいの」
先生は僕に懇願した。「力を貸して」
「力……」
……だよな。
この話の流れでいったら、絶対そうにしかならないよ。
最初からそのつもりで、僕をここに呼び出したんだ。人払いまでして。
――でも先生のお願いなら、聞いてあげるに決まってるだろ。
答えはひとつしかない。
「泣くことないでしょ、先生。僕が泣けなくなる」
僕は、先生の悔しそうな拳を、ひよこでも包むように、両手でそっと握った。
「もちろんOKです。僕を好きに使って下さい」
いけないことだとは分かってるけど、僕は先生の願いを叶えてあげたかったし、お父さんの無念も晴らしてあげたいと思った。
でも一番僕を動かしたのは、みんなの役に立てるってことだった。
今の僕は、軍じゃただのお荷物で、張り子の虎で……。
だから、誰かを救う役に立てるなら、喜んで血の一リットルや二リットル、肉の百グラムや二百グラム寄付したっていい。僕だって、みんなの役に立ちたいんだ。
僕はこの後、急いで採血と細胞の採取をしたんだ。伊緒里ちゃんがカメクラで待っているから。採取っつったって、口の中を耳かきみたいのでコリコリしただけだ。
また後日、別の所を取るってことで、今日はお開きになった。