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【旧】護国少年  作者: 東雲飛鶴
第四章 護りたい人が出来たんだ
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四章 16

「どうなってんの? 基地から学校に着くまでに、二十七回も『威様と別れたんですか?』って聞かれたわ! ちゃんと説明してよ!」

 僕は、渡り廊下でみなもに怒鳴られた。

 当然といやぁ当然だけど、僕と伊緒里ちゃんの関係は瞬く間に学校中に広まった。

 で、同時にみんなの心に沸いたのが『橘さんとの関係はどうなるの?』という当然すぎる疑問。でもみなもとは最初から恋人同士でも何でもなく、ただのイクサガミと戦巫女という関係だ。もっともこの組み合わせは例外なく婚姻関係にあるもんだから、ややこしくなってるわけで。

 寝耳に水だったのはみなもだ。言う必要があるのかも分からないけど、実はまだ伊緒里ちゃんと付き合ってることを言ってなかったんだ。

 あいつが僕らより遅れて教室に着くなり、ものすごい形相で僕の襟首を掴んでズルズルと渡り廊下まで引き摺っていった。見晴らしのいい四階の渡り廊下からは、見事なオーシャンビューと市街地の景観が楽しめる。だがピンチの僕にはどうでもいいこった。

「別れたもなにも、僕ら付き合ってないだろ。僕が誰と付き合おうとお前に関係ないよ」

「ざけんじゃないわよ! 威のくせに!」

 言い切らないうちに鉄拳が飛んでくる。しかしその軌跡は想定済みだ。僕は手のひらで、体重の乗ったパンチを軽々と受け止めた。

「どうしてお前が怒る? 僕はお前の期待に添えず、お前に受け入れられず、お前に捨てられた男だぜ? お前にとって僕は何だ? ただの隣の幼馴染みだろ? 恋人でも婚約者でも兄弟でも何でもないただの同居人で同僚だ。

 ……ああ、そうだ。今日から僕は兄貴の部屋に引っ越すよ。イヤなツラ見ずに済むだろ? 期待外れの出来損ないのツラをな!」

 僕は今まで腹に溜まっていたものを一気にブチまけた。ここまで来ると、もう引っ込みなんかつかない。

 するとみなもは塩をかけられた青菜のように、打ち込んだ拳をだらりと下げ、顔色は青ざめ、呆然と僕を見つめていた。

「……捨てた? 期待外れ? どういう……こ……と?」

「全部お前の自業自得だ。店長のとこでも、いやここでは理事長か。んなこたぁどうでもいいが、どこでも好きな所に行っちまえ。僕は伊緒里ちゃんとこの島で一生添い遂げる」

「八坂……さんと……?」

 みなもは重力に負けたみたく、廊下にぺたりと座り込んだ。

「戦巫女、辞めたきゃ辞めればいい。代わりなら明日華ちゃんがいるから。お前、本土に帰れよ。吉田によろしくな」そう吐き捨てると、僕は踵を返した。すると、

「――!? い、伊緒里……ちゃん」

 そこには伊緒里ちゃんがいた。仁王立ちで腕組みをし、僕を睨んでいる。弟くんたちの件で追求された時と同じ、厳しい表情だ。

「威くん、ちょっとひどいんじゃない? ねえ……本当に二人って付き合ってなかったの? これじゃ私が威くんを略奪したみたいよ」

 え――? 何で僕が悪者なわけ?

「八坂さん、コイツと付き合ってるって、ホント?」力なく言うみなも。

「ええ。つい昨日からだけど……。ねぇ、威くん、これって二股なの?」

「んなわけあるか! だいたい、僕の愛し方が気に入らないから恋人にならねぇだとか、島のホテルで結婚式の予行練習までしておきながら僕のプロポーズを断ったりだとか、イクサガミの武器が上手く使えないからって、無能だのクズだの出来損ない呼ばわりして毎日僕を罵倒しつづけたりDVしているような暴力女が、僕の恋人なわけねぇだろ!」

 ここまで来ると、みなもに悪いとか、負い目だとか、そういう一切合切がどうでもよくなってきていた。とどのつまり、そういうのは頭で考えてたことで、皮肉な話しだけど、僕の気持ちとは関係なかったってことなんだ。

「……そうなの? 橘さん。本当に威くんにそんなひどいことしたの?」

 伊緒里ちゃんの声はひどく冷静だった。

 普段の彼女はクールだけど、さらに上回る、背筋が寒くなるほどのベリークールだ。そして汚物を見るような目でみなもを見ている。

「前の二つは……そうだけど、後のは……覚えてない……」

 みなもは額を手で押さえながら、うわごとのようにつぶやいた。

「ふざけんな! 貴様に覚えがなくたって他の全員覚えてんだよ。そんじゃ難波さん呼んで証言してもらおうか?」僕はそう言って、伊緒里ちゃんの方に向き直った。「難波さんは訓練の時に毎度立ち会ってる。みなもの蛮行を余すところなく証言してくれるはずだ」

 伊緒里ちゃんはひとつ嘆息すると、毅然とした態度でみなもにこう言った。

「橘さん、男の子にここまで言わせちゃったら、もうおしまいだわ。悪いけど威くんは貴女には渡せない。威くんは私がこのまま引き取ります。貴女がつけた威くんの心の傷は、私が癒やします。これ以上彼を傷付けるのなら、どうぞ本土へお戻りください」

 一気にそこまで言うと、伊緒里ちゃんはみなもに深々と頭を下げ、そして僕の手を引いて教室に戻った。振り返らず、一言も発することなく、まっすぐ前を見て。

 その時の僕は気付かなかった。伊緒里ちゃんがどんな気持ちだったのかなんて。


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