四章 15
「だから~、ごめんってばぁ」
基地を出て、かれこれ五分ほど伊緒里ちゃんに謝り続けている僕だった。
なんせお互い遭ったばかりだから、何をどうすればいいのか分からない。
伊緒里ちゃんは急に不敵な笑みを浮かべて、
「じゃ、腕組んで学校行ったら許してあげる」と言った。
「まさかと思うけど、それもあの……例のリストに?」
「もちろんよ」
あー、やっぱりそうですか。やっぱりね。僕は日々そのリストのチェックを増やすべく、努力を強いられる運命なのか……。それはそれで、何が出てくるのか楽しみだけどさ。
……でも、どうしても叶えてあげられないお願いが、あの中にあった。
それは、『ネコミミランドでデートしたい』って項目だ。
来場者にネコ耳の装着を義務付けている有名なテーマパーク、ネコミミランドは、ここから遠く離れた首都圏にある。島から出られない僕では、伊緒里ちゃんを連れていってあげられない。
こんな事で、自分が籠の鳥だってことを自覚するなんてな……。何が『何不自由ない生活を保証する』だよ。もうとっくに不自由だってんだ。保証するんなら、ここにネコミミランドを造ってみやがれってんだ、クソッタレ!
というわけで、僕は伊緒里ちゃんのご要望にお応えして、腕組み状態で歩いている。
校門に近づくにつれ、周囲の視線が刺さる刺さる、とにかく痛い。
体中からイヤな汗は出るし、顔は引きつるし、これって何の罰ゲームでしょうか。
なるべく周囲を見ないように俯いて歩いていると、校門のとこにいた日直の先生が
「おはようございます威様、ほほー、八坂がお気に召しましたか? どうぞ末永く寵愛してやって下さい」
なんて時代錯誤な事を言うから尚更目立つし、こんな調子だと、教室まで無事に到着出来るか自信ないよ僕。
ああ……そろそろヤバい。
目立ちたくない。目立ちたくない。消えたい消えたい消えたい。
息が苦しい。どうしよう。
でも、これは愛する伊緒里ちゃんのお願いなんだ。
……ぐ、ぐぐ……。
校舎まで、あともうちょっと………………
周囲の視線ビームの集中砲火に耐えきって満身創痍で昇降口まで到着した僕は、何度も何度も深呼吸をした。
愛に障害は付きものだよな。今日はとにかくここまで頑張れたんだ。えらいぞ威。ナデナデしてやる。もっと酸素吸えよ。スースーハー、スースーハー。
「どうしたの? 威くん。お腹に赤ちゃんでもいるの?」
小首を傾げる伊緒里ちゃん。
「いや、ちょっと、周囲の視線が痛くて……息くるしくなっちゃったもんで……」
そう言うと、伊緒里ちゃんはハッとした。
「ごめん、うっかりして……。具合、悪くなっちゃった?」
やっぱ弟くんたちの言うとおり、伊緒里お姉ちゃんは初カレゲットで相当浮かれているみたいだ。
「だ、大丈夫。このくらいでぐったりしてたら、伊緒里ちゃんとデートも出来ないだろ。どうせ島にいたらイヤでも注目されるんだから、徐々に慣れないと。ね? アハハ……」
こんなふうに病気を克服したいと思ったのは、初めてかもしれない。
普段僕は当たり前のようにみなもの陰に隠れて、守ってもらっていた。でも、伊緒里ちゃんにまでそんなことをさせたくない……。
今なら僕、変われるかもしれない。――って、不良みたいだな。
「でも……。やっぱり迷惑……かな。私と付き合うのって」うつむく伊緒里ちゃん。
「迷惑じゃない! 絶対、そんなことないから! 大丈夫、すぐ慣れるから!」
ごめんなさい、全然大丈夫じゃないっす。でもこれでも一応タマはついてる。伊緒里、お前のためならやせ我慢でも何でもしてやるさ! だからそんな顔すんなよ。
「わかったわ。じゃ、教室いきましょう?」
半信半疑でうなづく伊緒里ちゃん。
「うん!」
僕は全力の笑顔でうなづいた。