四章 14
僕は宿舎を出ると、レーションのクラッカーをかじりながらゲート向かって歩いていった。どんよりとした気分でボリボリしながら基地のゲートを出ようとすると、警備の中野さん(三十三・彼女いない歴=年齢)がニヤニヤしながら、
「威様も隅に置けませんねぇ。カノジョさんがお待ちですよ」
と、親指を立てて外を指すんだ。
「はぁ?」とか言いながら、僕がゲートの向こうを見ると、伊緒里ちゃんがにこやかに小さく手を振ってくる。
(うっそ! 迎えに来てくれるなんて!)
幸いみなもは多分まだ部屋にいるから、朝っぱらから基地の真ん前で修羅場を展開なんて大恥をかかずに済んだわけだが……。
初恋の女の子に家まで迎えに来てもらうなんて(家?)胸熱だけど、無用の混乱を避けるために、明日からは僕がを迎えに行くことにしよう。
「おはよう、威くん。……あの、迷惑、だった?」
伊緒里ちゃんのそばに駆け寄ると、彼女はちょっと不安そうに話しかけてきた。
「ううん、そんなことないよ。でも、警備の人が気を遣うから、明日から僕が迎えに行くよ。いい?」
「うん、ごめんなさい」
僕はさらに、彼、彼女いない歴=年齢だから、と付け加えておいた。
伊緒里ちゃんはチラっと中野さんの方を振り返ると、気の毒そうな顔でそうね、と言ってポケットから生徒手帳を取り出し、何やら書き込んでいる様子だ。
「何書いてるの?」
「彼氏が出来たらしたい事リストにチェック入れてるの。今日は、『朝、彼の家に迎えに行く』がクリアできたから」と、嬉々として言う伊緒里ちゃん。
「へー……」僕は後学のため、伊緒里ちゃんの手帳を覗き込んだ。
……すげぇたくさん項目があるぞ。綺麗な字でびっしり書き込まれていた。僕はその中でひときわ目立つ、赤い文字に蛍光ピンクでがっつり囲ってある項目を見つけた。
――見晴らしのいい素敵なホテルで、彼にバージ……
「キャ――ッ! 見ちゃだめぇ!」
バッチ――――ン!!
僕はいきなり伊緒里ちゃんにスクールバッグで横っ面を張り飛ばされた。
そして、その場で華麗に三回転半スピンをし、失速したのち地面に叩きつけられた。
みなもに負けず劣らず男の扱いが荒っぽい。
「いててて……、ひどいよぉ伊緒里ちゃん」
「か、かかか、勝手に見る人がいけないんですっ!」口を尖らせて怒る伊緒里ちゃん。顔が真っ赤だ。「……で、み、見ちゃった……の?」
「えっと……蛍光ピンクのラインがひ――」
「あ――――――――っ、わ、わわわ忘れてっ!」
両手のひらをブンブン振って、必死に否定している。
何でだよ。僕じゃヤなの? なんかプチ傷ついたぞ。
「え~? でも、それ伊緒里ちゃんの希望なんでしょ? ねえねえ」
「っ~~~~~、た、威くんなんかしらないっ」
プイっとむくれた伊緒里ちゃんは、早足で学校へと歩き出した。僕は慌てて荷物を拾うと伊緒里ちゃんの後を追った。
これってセクハラですか? みなもなら多分喜ぶのに。