四章 6
僕はすごく唐突に、みなものことを思い出した。
みなもは基本どんなに辛く痛めつけられても泣かない子だったので、こういうシチュエーションになったことがない。先に僕が泣くからなのか、矜持だったのか、僕にはわからない。もしかしたら、みなもが泣かなくなったのは僕のせいかもしれない。
……あいつが泣いてたら、僕ら何か変わってたんだろうか。
でも、もう立て直せそうにないや。そもそもあいつが拒んでる。朝だってきっとムリしてるんだ。だから、もう、いいんだ。僕はただ、罰だけ受ければ、それで。
「伊緒里ちゃん。僕は伊緒里ちゃん専用の守り神になる」
そう言って、僕は伊緒里ちゃんをさらにぎゅっと抱き締めた。彼女でもないのに。
「うん……でも……いいの? イクサガミ様を私物化なんてしちゃって……」
伊緒里ちゃんは僕の胸から顔を上げ、ひょっこり目だけ出して、そう言った。
「僕はこの島の鎮守として派遣されたわけじゃないから、プライベートは関係ないよ」
「そ……なの? ニライカナイの守り神さまじゃないの?」
「それって、島の鎮守である瑞希姫の仕事なんじゃない? 僕は軍の備品としてここに赴任して実質的に島の魔除けになってるけど、それはあくまで国防上の意味だけなんだよ」 伊緒里ちゃんはなーんだ、とちょっと残念そう。
「……ってことは、威くんをホントに私物化してもいい、ってこと、よね?」
「うん。学校と訓練の時以外は、弟くんたちと一緒に護衛するからさ、安心して」
「…………それじゃあ威くん」
真っ赤なおめめの伊緒里ちゃんが、僕をじっと見つめた。
「うん」
「私の騎士様、じゃなくって、王子様じゃじゃじゃじゃじゃ、じゃなくって」
伊緒里ちゃんは必死に広げた手をブンブン振って否定した。目だけじゃなく顔まで真っ赤になった。
キミって、案外乙女なんだね。確かに礼服を着た僕は、どこぞの王子様みたいだけど。
あまりの恥ずかしさに伊緒里ちゃんは、真っ赤な顔でしばらくフリーズしていた。そして一分ほどして落ち着いた伊緒里ちゃんは、恐る恐る口を開いた。
「……か、彼氏、になってくれる、の?」伺うように僕を見上げて言う伊緒里ちゃん。
クールビューティな美少女に、そんな涙目で請われたら断れるわけないじゃないか!
「え……。ぼ、僕としては……もちろん嬉しいけど、伊緒里ちゃん、会ったばかりで僕のこと大して知らないでしょ? というか……こんな情けない男、本気で彼氏にする気?」
登校初日の悪夢が過ぎる。
いきなりあんな醜態さらしたんだ。好きになるワケあるか。
「……しちゃ、ダメなの?」と小首を傾げながら言う伊緒里ちゃん。「それに、確かに威くんのこと詳しくは知らないけど、どんな人柄なのかは分かってるつもりよ。だって、あの日、私に素顔を見せてくれたから……」
素顔もなにも、いきなり全裸を晒したようなものさ。だけどキミが欲しいのは、ヤツに対抗しうる盾、即ち『抑止力』なんじゃないのかな。
でも、それでもいいよ。僕にしかその資格がないというのなら、やってやるのが男じゃん!
「本当に、僕でいいの? ……馬、乗れないけど」
伊緒里ちゃんは、こくりと頷いた。
「だってさっき、私のこと一番大事な人って言ったじゃない。……あんな時にサラっと告るなんて、……ずるいよ威くん」
ハンカチで半分顔を隠しながら、上目遣いに僕を見る。そっちこそそんな悩ましい目で見るなんて、ズルいよ伊緒里ちゃん。
「告……え? あ、う……はい。伊緒里ちゃんのこと、好きです」
なんか言わされたような気がするんだけど……。
伊緒里ちゃんは、「あ、馬は乗れなくていいですよ」と小声で付け加え、恥ずかしそうにはにかんだ。
「じゃ……、伊緒里ちゃんの守り神兼彼氏、南方威がやらせて頂きます! コンゴトモヨロシク!」僕は今までで一番カッコイイ(つもりの)敬礼をした。
伊緒里ちゃんは、やっと安心したのか、息をはーっと吐くと、
「……良かった。ふつつかものですが、よろしくお願いします」
そう言って、伊緒里ちゃんはペコリとお辞儀をした。まったくもう、なんて育ちのいいお嬢さんなんだ。
数瞬後、僕たちは同時に吹き出した。
何だかわかんないけど君が笑ってくれたからそれでいい。
でね伊緒里ちゃん、僕の方が数億倍のふつつか、いやふとどきものですよ。