四章 5
そんなこんなで放課後だ。
掃除当番の僕は伊緒里ちゃんの命で一緒に焼却炉までゴミを運んでいる。僕一人でも平気だって言ったんだけど、どうしても一緒に行くと言ってきかないので、こうして二人で校舎の裏側を歩いているんだ。本土と同じように、この南国の島でも校舎裏には花壇や池がしつらえてある。ただ、その中身はさすがに違うようだけども。
ゴミを焼却炉に放り込んで教室に戻ろうとすると、伊緒里ちゃんが奥の花壇の方に用事があるから来いという。ついていくと、今は使われていなさそうな、古い温室の前まで来た。室内には古いプランターや植木鉢などがたくさん積まれて倉庫になっているようだ。
伊緒里ちゃんがふと立ち止まると、振り返って僕に話しかけてきた。
「威くん、海や空たちと、一体何をコソコソと企んでいるの?」
そのやや強い語気には責める色合いが混じり、僕に突き刺さってくる。
彼女は、背をやや反り気味に、張った胸の上に組んだ腕を乗せ、足を肩幅に開き、ハンパない威圧感で僕をまっすぐ見つめ……いや睨んでいる。
これはどう見ても『ちょっとどういうことか説明してくんない、男子ぃ?』スタンディングである。ぶっちゃけ僕は今ピンチだ。
……バレてたのか。なるべく怪しまれないように、弟くんたちと仲良くおやつを食いつつ狩りまくってたのに。一体何がいけなかったんだろう?
僕の動揺に影響されたのか、空は厚い雲に覆われ、ゴロゴロと雷鳴が響きはじめた。
……最早隠し立ては無意味ということだろうか。でも、あの子たちが怒られるような事態は避けなければ。
僕は意を決して口を開いた。
「べつに企んでるわけじゃない。僕の意思で彼等に協力しているだけだよ」
「協力……」
伊緒里ちゃんの顔が一瞬青ざめた。
僕が真相を知っていると困るんだね。そりゃそうか。優等生な伊緒里ちゃんにとって、これは許し難い状況だろう。今まで必死に取り繕ってきたのだから。
「お姉ちゃんがストーカー被害に遭ってるって相談されたんだ。でもお父さんを心配させたくないから、僕にこっそり見守ってほしい……って。だから」
「ストーカー、って言ってたの?」
伊緒里ちゃんが、ちょっとホっとしたように見える。
「うん。僕も、伊緒里ちゃんが被害に遭ったらイヤだし。それに……護りたかった」
伊緒里ちゃんは安堵の表情を浮かべ、でもすぐ厳しい顔で僕に言った。
「威くんの気持ちは嬉しい。すごく嬉しい。でもこれはすごく個人的な問題で、弟たちがお願いしたとしても、イクサガミ様である威くんに手伝ってもらうわけにはいかないの」
僕らの間に、見えない壁が出来たように思えた。
「何でだよ! 伊緒里ちゃんは僕の心の傷を癒やしてくれるって言った。だったら何で僕が伊緒里ちゃんを護ったらいけないんだ? そんなのおかしいだろ?」
伊緒里ちゃんの表情が曇った。
悲しそうな、でも諦めも入った表情だ。
「威くんはその……島のみんなの守り神……だから……私が独占したら……バチが当たってしまうから……お願いなんか……出来ないわ」
島の人はみんな多かれ少なかれそう思ってるのか。だから、あんなに歓迎してたんだ。ホントは違う。ただのガキなのに。
「誰がバチ当てんのさ! 僕か? この僕か? 僕が伊緒里ちゃんに天罰なんか当てるわけないだろ? 伊緒里ちゃんは被害者なんだぞ! 何で護らせてくれないんだよ!」
ついヒートアップした僕は、伊緒里ちゃんの両肩を掴んで揺すってしまった。
「そんなこと……無理だよ……だって威くんは……」
伊緒里ちゃんが涙目になってきた。
「僕は僕だ、そう言ってくれたの、伊緒里ちゃんじゃないか! 先に僕を救ってくれたのは伊緒里ちゃんなんだぞ! 何で今更僕を神サマ扱いするんだ? おかしいよ!」
伊緒里ちゃんは身動き出来ないまま、頭をブンブン左右に振っている。
「だって……だってえ……」とうとう涙がポロポロと零れ始めてきた。でも僕は伊緒里ちゃんがうんと言うまで、逃がすつもりなんかない。
「どうして君は、今まで誰にも『助けて』って言わなかったんだ!
――――――――――――――――――――――犯人をかばってるからだろう!」
伊緒里ちゃんが、はっと顔を上げた。
目が泳ぎ、激しく動揺している。
「……ほっといて」かすれ声で言う彼女。「もう、私のことはほっといて!」
僕を押し退けようと、両手をぎゅーぎゅー突っ張っている。
だけど僕は肩を掴んだまま放さなかった。
黙ってられない。これじゃ伊緒里ちゃんもあの子たちも可愛そうすぎる。
「やだ! 一人で抱え込んで苦しんでるのを見過ごせっていうのか! 伊緒里ちゃんは自分だけが犠牲になればそれで済むと思ってるの? 海くんも空くんも、とても心配してるんだぞ! 彼等だって伊緒里ちゃんと同じ気持ちなんだ。誰も傷付けたくないから今まで誰にも相談出来なくて、困り果てて僕に相談したんだ! お姉ちゃんを助けてってな!」
伊緒里ちゃんの動きがピタリと止り、
「う、………………うあぁぁぁぁぁぁぁぁ――ッ」顔を両手で覆って、泣きだした。
その場に崩れ落ちそうになる彼女を、僕はそのままぎゅっと抱き締めた。
いつもお姉さんで優等生で気丈な伊緒里ちゃんが、僕の胸で泣いている。
あんまりにも悲しそうに泣くから、僕まで悲しくなってきて、とうとう釣られて泣いてしまった。
「伊緒里ちゃん……僕じゃ、ダメなのかよぉ。こんな出来損ないで軍のお荷物じゃ君を護る資格はないのかよ。僕はただ弟くんたちと同じように伊緒里ちゃんのことが心配で、心配で、ただ一番大事な人を護りたいだけなんだ。お願いだから、黙って僕に護らせてよ」
僕は気付かなかった。伊緒里ちゃんを説得していたつもりが、告ってたって。
僕までワンワン泣き出したせいか、伊緒里ちゃんは、いつのまにか啜り泣きぐらいまでに収まっていた。