三章 12
ところが、店長がごそごそとエプロンから取り出したのは、なんと大幣のついた魔女っ子ステッキだった。大幣っつーのは、神社でバサバサする紙で出来たアレのことだ。それをみなもにうやうやしく差し出している。
「はい、これ俺からのプレゼントだ、みなもちゃん。手元のボタンを押すとモードチェンジで長さが伸びて、トリガを引くと先端から電撃が出るんだ。護身用に使ってくれ。あ、拷問なんかに使ってはだめだよ。……でだ。南方弟」
「今度はずいぶん雑な呼び方じゃないですかアバン先生。もう勇者ごっこはいいんすか」
「君がノってくれなくてつまらないからもーいい。で、ロトの剣を装備して」
「装備って、こーでいいんすか」
僕は皮巻きの柄を握り、ルーン文字の刻まれた刀身の切っ先を天へと向けた。見た目はいかにも金属なのに、ちっとも重さを感じない。ブロー成形はもとより、FRPやキャストのムクだってもう少しは質量がある。こいつはただのプロップなんかじゃない。このふざけた見た目の剣は――
「じゃ、みなもちゃん。ここの赤い玉をポチってくれる?」
店長がロトの剣の柄にはめ込んだ真っ赤な宝玉を指さす。
「はーい」みなもが言われるまま、シロップに付け込んで透き通ったさくらんぼのような宝玉的部分を指先でポチっと押し込むと、二、三ミリほど沈み込んた。
「んじゃ、もう用事ないからテントでおやつ食べてらっしゃい」
「はーい」と言って、パタパタと走り去るみなも。どのみちおっさんのわかりにくいギャグが理解出来ないし、そろそろ飽きてきたころだろう。素直に去って行く。
――う? 手元に鈍く微かな振動が伝わる。
低周波とかでブーンとするカンジ。
その後、僕は頭のてっぺんに刺すような痛みを感じた。けど、一瞬で消えた。
(何だ?)
そのブーンが収まると、
『――ブシンキ トウロクシークエンス ヲ カイシ シマス――』
いきなりロトの剣が電子音声で不穏なセリフを発した。これ、一旦登録とかしたらヤバイカンジの奴じゃん? さっきの頭痛といい……。
「しゃ、しゃべった! これ、インテリジェンスソートなのか!?」
インテリジェンスソードとは、いわゆる魔剣。無機物のくせに意思を持った、剣の付喪神みたいなやつのことだ。たいがいは使用者の身近な人の魂を吸ったり、見境なく通行人を切り倒しては血をすすったりする系の奴なんだが……。
「ただの音声ガイダンスだ。ペラペラしゃべる方が好みなら改造してやってもいいが」
「イヤですよ。つか、僕の武神器マジでコレなんですか? 僕は一生ロトの勇者として生きていく運命なんすか? 冗談じゃないっすよ! チェンジ! チェンジだから!」
僕は全力で否定した。冗談じゃない。軍艦に乗る勇者なんて聞いた事ないよ。
『――シヨウシャ トウロク カンリョウ バイオキー ニュウリョク――』
あわわ……、どんどん登録作業が進んでいくぞ。どうしよう、どうしよう……
『――セキュリティロック カイジョ カンリョウ シヨウゲンカイジカン ノコリ ニジュウヨジカン デス――』
「て、店長、これ、止めて! 登録とかしないから! はやく!」
店長は、フム……と思案顔で顎に手を当てると、
「君はこの美しい外見が気に入らないということかな?」
と落ち着き払って言った。まるで己が芸術家だと言わんがばかりに。え? まさか。
「た、たた確かに形も仕上げも美しいことは認めます。認めるから、どうにかして! 僕にはこの剣が、イクサガミが装備するのに相応しいとは思えません。貴方は本気でコレを僕に装備しろと言うんですか、つか、もう、はやくどうにかしてえぇ――ッ」
「落ち着け、威君、ちょっとおじさんがふざけ過ぎたよ。悪かったってば」
「……ふぇ?」
店長は煮え切らない笑顔を作り、
「もー、ちょっとしたギャグに決まってるじゃないかあ~、南方少年。では、これなら君も気に入るかい?」
と言うと、僕の手からロトの剣を取り上げて、どっかのボタンを押した。(普通に見てたらどこにボタンがあるのか全然わからないんだけど)すると、ロトの剣はいきなりトランスフォームを始め、僕の良く知っているブツに変化した――
「こ、これって……剛太刀・地獄極楽丸改じゃないですか!」
「こないだ君が店に来たとき、君のセーブデータを一部参照させてもらったのさ。……愛用してるんだろう?」
店長は腕組みをして、またさっきのドヤ顔をしやがった。
「し、してる……けど……何の魔法ですか」
地獄極楽丸改というのは、狩りゲー『モンスター・オブ・ザ・プラネット』で自キャラが装備している、ゾウも一太刀で両断するほど巨大な刀のことだ。
方法は分からないけど、こないだ祭りの後に店に立ち寄った際、携帯していた僕のゲーム機からこっそりデータを抜き取ったんだろう。これはこれで、さっきのロトの剣に負けじ劣らぬ完成度で、まるでゲームから抜け出したようなリアルさだった。
「確かにこれなら気に入らないわけないんだけど……、というかすっごく気に入ったんだけど……。まさか作ったのって、店長?」
「フフン」と、鼻で笑うだけ。ということは肯定なのか。
「店長……」
「何だ?」
「すっげえ、ジャマ。長すぎるっす」
「あ、やっぱ? だと思った」
そう思ってたんなら最初からこのチョイスやめろよ。
「今度こそ、ちゃんとどうにかして下さいよ店長」
みなもが、え~変えちゃうの、と遠くから口を挟むが使うのは僕だ。お前の意見は聞いてない。
「もー、そんなに怒っちゃいやん、威きゅん」これキモいけど店長のセリフだ。
「お願いだからキャラは統一してくれませんか? やる気絶賛ダダ下がり中なんすけど」
「はいはい、ったく兄貴と違って冗談のきかない子だなあ。んじゃこれでどうだ?」
店長はぶつくさ言いながら地獄極楽丸改のどこかをポチポチ押すと、マイキャラの初期装備『シビリアンソード』へと大幅にダウングレードした。
シビリアンってのは市民。つまり庶民ソードってわけだ。見た目はずいぶんとサッパリしてしまったけど、性能は同じだという。これなら僕にも使いやすい。なんたって、初期装備なんだから。
で、店長の話によると、実はみなもの役目は「ボタン押す」だけだったらしいんだ。
聞けば武神器は、もともと武神たちが持っている神器のことだけど、僕や兄貴のように若い世代は持っていない。だから、手先の器用な店長が作ってるわけ。
で、新造された神器は、大人の事情でセーフティがかかっていてイクサガミと戦巫女の両方が揃わないと起動しない。おまけに使用時間は二十四時間という制限つきだ。
詳しい仕組みは知らないけど、武神器は都市を一撃で粉砕する戦略級の大量破壊兵器だから、そうお手軽にホイホイ使われてしまったら危険なことくらい僕にも分かる。うっかり使用者ごと国外にでも持ち出されたら、世界大戦の引き金くらいカンタンに引けるからね。
あっ! 僕、気付いちゃった。
………………ってことは。
――兄貴は、もしかして……テロリストになってしまったのか? まさか……な。