三章 11
難波さんに怒られた店長は、へいへいとやる気のない返事をすると、何もないはずの背中側の空間からするするっと身の丈ほどもありそうな、立派過ぎるいぶし銀のツーハンデッドソードを取り出した。それは南国の強い日差しを刀身で弾き、神々しく輝いている。
「「「ぉぉー……」」」
感嘆の声をあげる、僕とみなもと難波さん。
「諸君! 私はこれからエキシビションを披露する。この剣は武神器ではないが、それに近いものである。威力は君に授けた物のおよそ千分の一。……おっと、少し長すぎたな。もうちょい短くするか」
店長はそう言うと、切っ先を手のひらでギュっと押した。その剣はいつのまにか柄から先の長さが人の肘から指先くらいまでで、ゲーム的に言えば最初か二つ目くらいの街で手に入る『ショートソード』位の長さに縮んでいた。
「この位が扱い易いかな……」
店長は逆手に構えた剣をヒュンヒュンと振り回した。
「うわ、すっごーい!」無邪気に喜ぶみなも。「すごいすごぅぃ~」
「え? え? どうなってるの、店長?」
口の端を上げて、苦笑する店長。
「このくらい、君にも造作無いことなんだが……。では、いくぞ。刮目してくれ給え」
店長は腰を落とし、ゆっくりと息を吐いた。逆手に持った剣をさらに後方に引き、空いた左手は地面を押さえつけるように、手のひらをぐっと下に向けている。数瞬後、耳鳴りのような音がしたかと思うと、それがどんどん大きくなっていく。店長の眼差しの先には、遠く前方に広がるニライカナイの海と白い波頭、そして巨大な岩の固まりがあった。
テントの方にいた人たちも、難波さんも、そして僕らも、じっと店長を見守っていた。
ふいに店長が大きく息を吸い込んだ。
「ァァアアアバァアアアァンッ、ストラアアアア――ッシュッッ!!」
唐突に技名を絶叫すると、店長は後に引いたショートソードをナナメ下から上へと全力で振り抜いた。
……?
なんも起こらないじゃん。
そう思った瞬間、轟音とともに目の前のひび割れたコンクリートが、巨人に土ごと引っかかれたかのように二mほどの幅のまま真っ直ぐ海までめくれあがっていき、海に到達すると今度は波をえぐりながらそのまま軌跡を作り、そして百mほど先にあった、島と言うには小さすぎる大きな岩の塊に大きな穴を穿った。
「……キ、キャアアアアアアアアアアアアア――――――ッ!」
みなもが奇声を上げて両手を狂ったように叩き始めた。そのうち、その場でピョンピョン跳びはね始め、すごいすごいとわめいている。マジでどえらい喜びようだ。
店長は振り上げた剣を下ろしてゆっくり振り向くと、満面のドヤ顔でこう言った。
「どうよ!?」輝く白い歯。
最後の『どうよ』さえなければ僕は素直に感動するつもりだった。だが、ギルティだ。 それに、さっき店長が叫んだのが技の名前だということにも気付いて、僕はやっぱこのおっさんは明日華ちゃんの言うとおり、ダメなおっさんだと確信した。
「どうよ? じゃねええええええええッ!」
店長のドヤ顔に超絶イラっときた僕は、助走をつけて全力のドロップキックをカマしてやった。が、おっさんのクロスした腕に阻まれてダメージを与えることは出来なかった。僕は反動でそのまま後に宙返り。だが、着地で失敗して尻からスっこけた。
足元の砂でスベったんだよ! クソッタレ!
「ふ、や、やるじゃんよ、おっさん」
僕はみなもに引き起こされながら店長に負け惜しみを言った。
どっからどう見ても、僕の自爆ですね。ああ、みっともない。
「では次は君の番だ、ダイ君」
「僕はザビ家に復讐する気はありません。というかまーだそのネタ引き摺ってんすか」
「ダイって誰? ザビ家ってどこ?」
「いいからみなもさんは黙ってて下さい」
空気を読んだテント組のみなさんが、スイーツをエサにみなもをテーブルに誘導し始めた。いいぞ、いいぞ、そのままそのまま。みなもを釣ってくれ。っていうか何でここにオヤツあんだよ? つか僕の分ちゃんとあるんだろうなあ? なかったらあとで暴れんぞ?
「あーちょいまち、みなもちゃんこっち来てくれる?」
店長がニコニコしながら、みなもを呼び止めた。
なんだかんだ言って、元嫁と同じ顔ってのは嬉しいらしい。僕としては軽く不愉快な気分だけどな。手ぇ出したらぶっ殺してやる。
はーい、と妙に素直に返事をして、トコトコと小走りにUターンして来るみなも。白いセーラーキャップから零れる三つ編みのカブトガニ尻尾がぷらぷら揺れる。
店長は黄色いエプロンの内側から、ゴソゴソと何かを取り出している。
……まさか! 股間からふんどしでも抜き取ろう、とかじゃないだろうな! まさぐる場所がアヤしすぎんぞ店長!