三章 10
そんなこんなで終わった転校初日、色んな意味で疲れた体を引き摺って基地に戻ると、早速今日から武神器の訓練を始めるとか。
聞いてないよ? ねえ、聞いてないってば!
なんつー僕の都合はブッチして、僕とみなもは待ち構えていた難波さんに医務室へ強制連行され、健康診断を受けることになった。検査の結果、僕はいたって健康、みなもはちょっと貧血なのでサプリメントをもらっていた。(同時に食事療法も行うらしい)
検査を終えた僕は、用意されていた野戦服に着替えた。おろしたての青い迷彩服はゴワゴワしていて、どーもしっくりこない。でも、今の僕は他の何を差し置いても、まずは武神器に慣れないと。いつまでも張り子の虎をやってるわけにはいかないからね。武神器っつーのは、イクサガミ専用のすげー武具で、これがないと抑止力になれないんだ。――詳しくは知らないけど。
みなもは海軍の制服……のような違うような、セーラー服にショートパンツ、セーラー帽姿に着替えていた。これはこれで可愛らしい。
僕がみなもを連れて宿舎を出ると、荷物を山積した軍用トラックと難波さんが待ち構えていた。午後の日はまだ高く、着替えたばかりの野戦服には早くも汗が滲んでいた。トラックの荷台を見ると、ドラムカンがたくさん、それと大きな米袋のようなものが幾つも積んであった。この袋、どうやらセメントらしい。一体何に使うんだろう?
僕らは乗り心地の悪い車に揺られて数分、基地のはじっこの空き地に設営されたテントの前で降ろされた。テントってのは、いわゆる体育祭の本部のようなもので、机とイス、大型扇風機が置かれ、ご丁寧に野外用の流し台や給水車まで用意してあり、テント内では数人の若い海兵さんが、なにやら作業をしていた。ここでお茶会でもするのだろうか?
ひび割れたコンクリートが剥き出しになった空き地の周囲には、公道との境のフェンス、十mほどの崖があって、百mくらい前方には海が広がっていた。以前、駐車場か何かに使っていたのかもしれない。少し離れた場所には、ドラムカンが数個置いてある。
そしてその横には、あからさまにアヤシイ人物が棒きれを持って、突っ立っていた。
――何なんだ? あれは。
そのあからさまにアヤシイ人物がこちらに気付くと、大股でスタスタ近づいてきた。
音楽室の壁にかかっているヘンな音楽家みたいな銀色横ロール頭に瓶底眼鏡、そしてなぜか黄色いエプロンを装備したその人は……
「あーこちら、今日から君のコーチをして下さる……」
微妙な顔で紹介しようとする難波さんの言葉を途中で遮り、その人物がこう高らかに宣言した。
「今日から君を鍛える、勇者の家庭教師アバンだ。アバン先生と呼んでくれたまえ」
胸を張り、自信満々にそう言った男は、どこかで見覚えのある人物だった。
「なんだ、店長じゃん」
みなもさん、正解。一カメハメハポイント差し上げます。次回のお買い物の際にご利用ください。
「店長、だめじゃないっすか、勝手に入ってきたら。ここ基地の中ですよ?」
ただでさえ暑いのに、MADAO店長の悪ふざけに付き合うつもりはない。だいたいアンタ退役したんだろ? この引きこもりめ。
「いや、マジでこの人が君のコーチなんだよ」と申し訳なさそうに言う難波さん。
誰なんですか、貴方をそんな立場に追い込んだのは。僕が全力で任命責任を追及して上げます。
「店長ではない。ここではアバン先生と呼べ、少年」
きっぱりとそう言い放ちつつ、両手を腰に当て、えらそうにふんぞり返るカメハメハクラブ・ニライカナイ店々長の神崎氏。
「まだその体で続ける気ですか。茶番もたいがいにして下さいよ」
「アバンだけに? ぷぷっ」
「アンタにだけは言われたくなかったよ! もういいから店に帰ってくれ!」
僕のイライラは頂点に達しそうだ。というか、今日はとかくイライラさせられる日だ。
「店長さん、それ絶対ヅラですよね、ヅラ」
と、嬉しそうに言うみなも。彼女のツッコミは遠慮がない。
「言っちゃダメ!」
店長は口元で人差し指を立てて、シーッと言った。
「もーやですよ。ていうかゴメちゃんどこですか」
しょーがないので多少付き合ってやる。
「これでガマンしろ」と言って店長は、エプロンの裏側からピ●チュウのぬいぐるみを取り出して僕に投げて寄越した。まるで四次元ポケットだぜ。
「最早ドラクエですらないよ! せめてマムルにして」
僕はぬいぐるみをみなもにパスした。急に黄色い物体を放られたので、みなもが短く悲鳴を上げた。
「そんなことより、これを使え、少年」
店長が今度は、手に持っていた棒のようなものをポイっと投げて寄越してきた。
「おわっ、とと。あぶねぇなあ、ったく」
それを両手で受け取ると、思ったよりもずっと軽い。まるでバルサかプラスチックで出来ているみたいなそのブツは――
「あんたはどうあっても、僕をロトの勇者にしたいのかッ!」
最早、キレるところなのか呆れるところなのか分からなくなってきた。
その細長い物体は、どこからどう見ても、精巧に作られた某勇者の剣そのものだった。精巧過ぎて、まるで映画のプロップを見ているような気分だ。でも僕が必要なのは武神器であって勇者の剣じゃない。
「少年よ、君は救国の勇者になるのが気に入らないのか?」
と言って店長が小首をかしげると、銀髪横ロールがふわりと揺れた。つか、あんたが復帰すれば無問題でしょうが。ほんっと腹立つわ、このおっさん。
「難波さん、僕は勇者を目指すべきなんでしょうか?」
僕は店長の茶番に早くも疲れを感じながら、長年陰日向から僕を護衛し続けてきた、愛すべき兄貴、難波中尉にダメ元で質問してみた。
「そんな悲しそうな目で俺を見るな。大丈夫、この方はこう見えても、救国の英雄、初代イクサガミの神崎提督閣下であらせられるんだからな」
じゃーなんでそんなに微妙な顔で言うんですか。説得力があまりにナッシングです。
「うん、知ってた」と僕。
「え、そうなの?」とみなも。
そうか、こいつは明日華ちゃんとの会話を聞いてないや。
「元、だろ、元。今はただのゲーム屋のオヤジだよ、難波君」と苦笑しながら言うと、店長はさすがに暑くなってきたのか、横ロールのカツラと瓶底眼鏡を外した。ああ、やっとこのしょーもない学芸会をやめる気になったか。
「暑くて脱ぐくらいなら、最初から着けなきゃいいのに、店長」
「物事、最初はビジュアルが肝心なんだよ。ゲームだってオープニングムービーの重要性は計り知れないだろう?」
「オープニング詐欺でクソゲー買わされる身にもなってください。存在自体が罪悪です」
「ひ、必要なの! お店としては騙されてでも買ってくれないと困るの!」
なにハッキリ小売業の本音をブチまけてるんだ、あんたは。
「ていうかそのコスプレ、やりたいからやっただけでしょ? 正直に言いましょう」
「ち、ちがうもんっ」カツラを抱いて胸元にキュっと引き寄せる店長。
「どこの乙女だよ気色悪いな」
「ちがうモン」みなもまでマネし始めた。
「みなも、バカが感染るからよしなさい」僕はみなもを制した。
「閣下~、そろそろ始めて下さいませんか? 日が暮れます」
いい加減しょーもないことばかり言ってる店長を難波さんが注意した。