三章 7
というわけで、八坂さんの四人目の弟になりました、南方です。
別に弟になりなさい、と言われたわけではありません。なんとなく伊緒里お姉さんの庇護下に入りなさいと暗に言われてたような気がしているだけです。つまり圧力です。でもって、僕は末っ子になるんだろうか。伊緒里お姉さんはマジ女神ではありますが、その言にはいささか強制力を感じるものがあって、ここいらへんが彼女が学級委員だったりする所以かもしれない。
ベッドの上で怒られたりナデナデされたあと、八坂さんは教室に弁当を取りに出ていった。保健室でウダウダしていたら、いつのまにか昼休みになってたんだ。八坂さんは戻ってきたら僕を学食に連れていってくれるそうだ。
僕が、保健室前の廊下で八坂さんがみなもを連れて迎えに来てくれるのをぼーっと待っていると、大きな風呂敷包みをぶら下げたツインテールの女の子がツカツカと歩いてきた。なんかプリプリ怒ってるようにも見える。僕はズボンのポケットに手を突っ込みながらゲームのオープニングテーマなぞをフンフン鼻歌してたら、二本のしっぽがどんどんブラブラこっちに近づいてくる。
「そこのゆとりイクサガミ!」
と、彼女はビシっと人差し指を僕の鼻先に突きつけた。
「は? 僕……ですか」
いきなりそんな事を言われて、ちょっとイラっときた。
「あんたの他に誰がいんのよ、南方威。それとも、コワイ話だとでも言う気?」
「いや僕、ちゃんと実体化してますんで大丈夫ですけど……って、僕に何の用ですか」
プリプリツインテールさんは、手にした風呂敷包みを足元にどっかと置くと、腕組みをして僕を睨み付けた。
「あんた、どうして瑞希姫とコンビ組んでるのよ。そこ、本来私のポジなんだけど?」
――瑞希姫……ん?
「……あ! もしかしてこないだの巫女さんかよ! 俺等にインネンつけてきた! 髪型違うからわかんなかったぞ!」
「そんなこといいから質問に答えなさいよ」相変わらず高圧的だ。
「あのなあ、何度も言うけど、みなもは瑞希姫なんかじゃないよ。店長だって最初見間違えたけど勘違いだったって言ってたんだ。ただのそっくりさんだよ」
「……え? 店長って、カメクラの?」彼女は組んでいた両の腕をだらりと下げた。
「そうそう。たしか、死んだ嫁と間違えたって。……あ!」
僕の声にぎょっとして、「な、なによ」と巫女さん。
「み、瑞希姫の旦那さんっていったら……」僕はとてつもなく重大なことを失念していた。「き、救国の英雄、神崎提督……ってこと? じゃあ、店長って? え? え?」
あたふたする僕の肩をガッと掴んで、ツインテールさんは吐き捨てるように言った。
「あのだらしなくて、飲んだくれで、ゲームやるしか能の無い、良い子はマネしたらダメな大人ナンバーワンなMADAOこそが、初代イクサガミ、神崎クソ大提督様なのよ!」
「マジで……なんてこった…………」
まさか、あの救国の英雄の大提督が、こんな僻地の島で落ちぶれてたなんて……。すごいショック。だからあの人は、兄貴のことを呼び捨てなんかにしてたのか。にしても、そこまで言ったら店長かわいそうじゃん。一体どーなってんだよ、この島は……。
「あっ。つか、店長がいるんなら、僕この島に来なくてもよかったじゃん」
そうだよ、店長は歴史上最強のイクサガミなんだから。兄貴どころか親父だって敵わないくらいの最強の軍神のはず。……落ちぶれてるようだけど。
そう言うと、ツインテールさんは青菜に塩をかけたように、急にしょんぼりして、
「あの人は、……もう皇国のためには戦わないわ」と、悲しそうに言った。
――――え?
「皇国があの人を裏切ったから。皇国はあの人に滅ぼされなかっただけ、ありがたいと思わなければならないの。それだけのことを皇国はあの人にしてしまったのよ……」
「いったい、どういうことなんだ?」