三章 6
「あ、気が付いた?」
気が付くと、どこかで見覚えのある女の子が僕を見下ろしている。……だれだっけ?
僕は、どこかの病室みたいな所に横たわっているようだ。
「……ここは?」
「保健室よ。南方くん、さっき教室で倒れちゃったの。それでここに運んで、私と橘さんでしばらく介抱してたのよ。……具合はどう? どこか痛いところはない?」
と、僕に優しく問いかけてきた。
えっと、マジで誰だったっけかな……。数秒後、なんとなく状況を把握した。
僕は身を起こし、ベッドの脇でイスに腰掛けている女の子に言った。
「なんか迷惑かけてごめんなさい……あの……たしか、カメクラのお姉さん」
「私はここじゃあクラスメートで学級委員の八坂よ。お姉さんじゃないわ」
八坂さんは天使のようなスマイルでそう言った。すぐに分からなかったのは髪型が違うからだ。今は髪を大きな三つ編みのおさげにしている。
でも同い年? 絶対年上だと思ってたのに……。
「ご、ごめんなさい。えと……みなも、橘さんは?」
「保健の先生に、先に教室に戻るよう言われたから、さっき出ていったわ」
「……そう。何か言ってた?」
「病気のことなら橘さんに全部聞いたわ。……いろいろ大変だったのね」
お姉さん、もとい八坂さんは、ひどく気の毒そうに言った。
「まあ……。本土はこことは違って、結構人外への差別とかあるからさ……」
僕がもごもごと言葉を濁していると、八坂さんはすごく真剣な眼差しをしながら僕の手を両手で握った。
「もうあんな大騒ぎはさせないようにするから、どうかみんなを許してあげて」
彼女は真摯な眼差しで僕を見つめ、そう言った。
八坂さんが言うと、なんだかすごく説得力がある気がするの、なんでかな。
「ありがとう。でもみっともないから、みんなには病気のことあんまり言わないで」
と僕が言うと、八坂さんがとても悲しそうな顔をした。
「あのね南方くん」と静かに語り出す八坂さん。「うち、弟が三人いて全員養子なの。でね、一番上の子は人狼なの」
「そうなんだ。……だから八坂さんは、とてもしっかりしてるんだね」
「一番上の弟、陸っていうんだけど、本土の施設でひどい虐待を受けていたの。それを見かねたお父さんが引き取ったのよ。まだ十歳の頃だった。最初のうちはお父さんにだけしか懐かなくて、私、何度も手を噛まれちゃった。ほら」
と、時計のバンドを外して、手首の噛み傷を見せてくれた。さすがにリスカと見間違えることはないけど、場所が微妙だ。
「南方くん」
八坂さんは、再び真剣な眼差しに戻って言った。僕に何かを必死に伝えようとしてる様に感じる。
「南方くんが傷付いたのは、南方くんのせい? 違うわよね。南方くんがみっともないって感じるのも南方くんのせい? それも違うわ。
だから、みっともないとか恥ずかしいとか思ったらだめ。そう思ってるうちは、傷は癒えないわ」
僕は、胸に激しい衝撃を受けた。
僕のせいじゃない――。
みなもにも言われたことがない言葉だ。あいつは体を張ってはくれるけど、ただ僕を攻撃から護るだけ。いじけた僕を、場当たり的になだめすかすだけだ。僕の苦しみを正面からこんな風に見て、理解してくれたことなんかない。
みなもは僕に背を向けて敵を見据え、八坂さんは僕に向き合ってくれる。二人は、根本的に違う。
「……分かって、くれるんだ」
声にならない声で僕は言った。涙が出そうで、嗚咽が漏れそうで、僕は必死に耐えた。相手がみなもなら、とうに顔を胸に埋めている。
「ガマン、しなくていいのよ。南方くん……」
そう言って、八坂さんは目に涙を貯めながら、まるで聖母のように両手を広げて、僕を迎えようとしている。僕はこれ以上ガマン出来ず、八坂さんの胸に飛び込んだ。
倒れた男子を保健室で介抱してたら、泣いて抱きつかれたなんて。ああ、僕はひどいヤツだ。ごめんなさいごめんなさい、八坂さんごめんなさい。
八坂さんは、多分弟さんにしてきたように、僕をぎゅっと抱き締めてくれた。
「弟と同じように苦しんでいる子を、私は見過ごすなんてできない。ずっと島にいるんでしょ? だったら、ずっと側で支えてあげる。南方くんの傷が癒えるまで。ね?」
「でも……」
ただ知り合いってだけで、そこまでしてもらうワケにはいかない。
きっと八坂さんは、僕と弟さんがダブって同情してるだけなんだ。そう、これはただの同情なんだ。でも僕は、いきなり降って沸いたこの人生最大の理解者の登場に、胸がざわざわするのを押さえられなかった。
僕がしばらく返事に困っていると、ん? と催促する八坂さん。
八坂さん、マジ天使過ぎて死ねる。マジ死ねる。つか、いっそこんなゴミクズ殺して下さいプリーズ。でも、「うん」と言わないと許されない空気。
「あ、えっと……。よ、よろしくお願いします」
八坂さんの腰を抱いたまま、至近距離でよろしくお願いしますもないもんだ。よく考えたら、みなもが見たら発狂しかねないな。
「この島には人外差別をする人は誰もいないわ。だから、ゆっくり心の傷を治していきましょう。弟も良くなったから大丈夫。南方くんも絶対良くなるから。ね?」
女神な八坂さんの目からは涙がこぼれていた。本格的に弟さんと僕がダブってしまったのかもしれない。でも僕にはみなもと吉田修太郎という、一緒に火だるまになってくれる人がいたから。だから、今までなんとかやってこれた。
「泣かないで、僕は別に大丈夫だから」
僕は指先でそっと八坂さんの涙を拭った。
でも大丈夫なんてうそっぱちだ。全然大丈夫じゃない。いろんな意味でもうぐちゃぐちゃだ。
「大丈夫な子が、あんな程度で倒れたりする? みんな自分で思ってるほど大丈夫じゃないのよ。自覚ないのが一番危ないんだから」
僕はお姉さんに怒られてしまった。いや同い年だけど。
でも言ってることは正しすぎて、ぐぅの音も出ないよ……。