三章 1
ドンドンドンッ……ドンドンドンッ……
「んだよ……。うるさいなぁ……さっぱらから」
ホテルから宿舎に移った翌日、僕は乱暴にドアをノックする音で目が覚めた。
……もう朝かぁ。時計を見ると午前六時。カーテンの隙間から漏れる光が、部屋の奥まで細く差し込んでいた。これが、新居での初めての朝だった。
チャペルでの一件の後、僕は真っ直ぐ部屋に戻ると、一切合切を脱ぎ散らかし、そのまま寝室でフテ寝をしていた。
思いっきり持ち上げられた後で真っ逆さまに落とされた僕の心中は言わずもがなだ。あいつは一体僕に何の恨みがあるんだ? 正直言って、みなもがいないと僕は生きていけない。でも訳の分からない理由で、ずっとこんな目に遭うのも納得いかない。
そんなことを考えているうちに、いつのまにか僕は眠っていた。で、いつのまにかみなもが隣に横たわっていた。僕が夜中に目を覚ますと、あいつは、ごめんと一言つぶやいて僕の首に腕を絡ませて、唇を僕のそれに重ねてきた。僕も反射的にあいつを抱き締める。
……ごめんなさいぐらい、ちゃんと言えよ、とは思ったが、結局毎度の如く、なし崩し的に水に流すことになってしまった。
その翌日、僕らはこの宿舎に引っ越してきたんだ。
僕らが島の休暇を楽しんでいた間、基地のスタッフが家具やら食器やら家電やら荷物やらを新居にセッティングしてくれていた。宿舎は基地敷地内の居住区にある所帯向け、二人で住むにはちょっと広めの5LDKで、二階建てのメゾネットタイプだ。
「ううん……」
寝床の傍らから声がする。みなもだ。眠りが浅いのか、寝言を言いながら寝返りを打っている。薄い肌掛けから覗いている彼女の白い背中が、薄暗い部屋の中で妙に艶めかしい。一昨日のことを思い出して、僕は苦々しい気分だった。
バンバンと、苛立たしげにドアを叩く音がする。おっと、ヤバい。忘れてた。
僕は頭の中からモヤモヤを追い出して、玄関に急いだ。
「お、おはようございます」
「おせぇよ。おう、準備しろ」
ドアを開けると、ムッツリ顔の難波さんが立っていた。
「わざわざ起こしに来るとは……思わなかったです」
「今日は着任式だろ。主役が遅刻したら俺が怒られちまうからな」
自分が怒られるからなのかよっ。
「あ、みなもがまだ爆睡してるから、準備に多少時間かかると思います」
「んじゃ、早く行かないとメシなくなっちまうから、先行ってるぞ。さっさと来いよ」
と、難波さんは、バイクに跨がって兵舎の方に走っていった。部屋には立派なキッチンがあるけど面倒だし、タダメシが食えるんだから食堂を利用しない手はない。兵舎は僕んちから歩いて五分くらいの所にあって、難波さんはそこに住んでいるらしい。
ところで食堂って、遅いと本当にメシなくなるのか? 急いでみなもを起こさなきゃ。
ベッドに戻ってみると、みなもはまだ、すぅすぅと寝息を立てている。
「たまんないよ……」僕は呟いた。
ヒビの入った気持ちのまま、新生活を始めるなんて。