二章 14
つるつるしたホテルの廊下を走り、敷地内の割とはじっこにある目的地に到着すると、プチ教会の前でコンシェルジュさんと、三脚を抱えた多分カメラマンさんとレフ板を持ったアシスタントと思しき人、そして、純白のウェディングドレスを纏った、僕の最愛の人が――
「ごめん、……待ったか」
僕は照れくさくて、みなもの顔をまともに見られなかった。
みなもは、ううん、とベールを揺らしながら首を振った。手元には、南国の花々で作られたブーケ。甘いような不思議な香りがする。
「威様、どうです? 綺麗でしょう。どうぞ褒めてさしあげてください」
コンシェルジュさんがにっこり微笑む。これは営業用じゃない、本物のスマイルだ。
「あ……はい。綺麗、だよ。みなも」
なんか人前で言うの、やっぱり少し恥ずかしい。
「みなも様がチャペルの見学をご所望になりまして、せっかくですから写真撮影でも、とお勧めしたんですよ。そうしましたら、威様にはぜひとも礼服で、と。やはりタキシードより何倍も見栄えがよろしいですよね~。威様、まるで外国の王子様みたいです~」と、後半はほぼ主観的な感想になってるコンシェルジュさんの目は、すっかりハートになっていた。このお姉さんって、案外乙女な人なのかな? でも……
「撮影……ですか。なんだ、本当に式やるんじゃないんだ。……そっか。そうですよね、親族も誰も呼んでないし、思いつきでやるわけないですよね」
僕は自分の早合点にうんざりした。そうなって欲しい、って思ったから、式をやるって思いこんじゃったんだ……。冷静に考えれば分かったことなのに。なんか勝手に盛り上がってバカみたいじゃないか。
「海外ウェディングはお二人だけで挙げられるカップルも多いですから、本当に今から挙げて頂いても構わないんですよ、威様」
え、そうなの?
「みなもは……どうなの」
そういえば、さっきから大人しい。
「やっぱ、みんな呼びたいから、今日は予行練習」
「わかった。じゃ、僕はどうすればいい?」
とりあえず僕はプチ教会の中の祭壇の前に立たされて、みなもがコンシェルジュさんに連れられてゆっくりと入ってきた。
うわ……。音楽かかってもいないのに、結婚式って、こんなに気持ちが高揚するものなのか。今の自分の気持ちがにわかに信じられない。
みなもがコンシェルジュさんの手を離れ、僕の傍らに来た。そして、胸のところでブーケをぎゅっと抱いて僕を見上げている。ベール越しにも、みなもの目が潤んでいるのが分かる。まるでホントの結婚式みたいだ。っていうか、このまま式挙げちゃいけないの?
と脳内が怪しいカンジにぐるぐる回っている間、みなもはじっと僕を見上げている。
あ、えーっと……。なんか段取りあるんだっけ? あ、そうだ、あれか。
僕はそっとベールを持ち上げて、薄化粧をしたみなもの唇に口付けをしようと……
「ちがう」
ボソっとみなもが言った。緊張してるのか、普段と様子が違う。
「む、そ、そうか、ごめん。ああ、こっちか」
僕はあわててベールを元に戻し、ズボンのポケットから指輪の入った小箱を取り出し、白銀に輝く、でも安物の指輪を、手袋をはめた指先でつまみ上げた。そして、肘の上まであるレースのグラブをはめたみなもの手を取り、ぎこちない手つきで薬指に指輪をはめようとしたとき――
「ちがう」
またボソリとみなもが呟いた。
僕は一体どうしたらいいのか分からず、傍らにいるコンシェルジュさんに救いを求める視線を投げた。……が、彼女も僕同様に困惑していた。しばし固まっている間も、みなもは無言のままだ。僕にはこいつが何を考えているのか全く理解出来なかった。
そのうち、沸々と怒りがこみ上げてきた。
「……いいかげんにしろよ。何が違うんだよ。お前の希望どおり、このクソ厚くて重い礼服を来てマッハでここまで来てやったんだ。なのに何だこれは。一体何が正解なんだ? どうすりゃお前は気に入るんだ? お前が恋焦がれてきた軍人の僕がここにいるのに、何がそんなに不満なんだ? お前は本当は何が欲しいんだ。はっきり言ってくれ!」
僕はみなもの手を払い、指輪を握り潰して、赤い絨毯の敷かれたバージンロードに思いっきり投げつけた。指輪だったものは絨毯を抉り、大理石の床に突き刺さった。
「……ごめん。でも、何かちがうの。分からないけど……」
みなもはベールの上から顔を両手で覆って、肩を震わせた。
「勝手にしろ!」
僕はそう叫ぶと、みなもに一瞥もくれずにそのまま教会を後にした。




