二章 8
「あっ、みなも? どこだ、おい」
我に返ると、みなもがいないのに気が付いた。
周囲を見回すと、境内の奥の方に消えるみなもを見つけた。追っていくと、本殿脇から奥へと白い砂利を敷いた暗い道が続いていた。左右に並ぶ石灯籠のおぼろげな灯りを頼りに、細い道を進むと小さなお堂のようなものがあった。
神社だからお堂じゃなくて……ほこら?
そして、その前にみなもが佇んでいた。暗がりの中、石灯籠の橙色の灯りと月の青白い光が、みなもの輪郭を浮かび上がらせていた。
……みなもの横顔、こんなに綺麗だったっけ……
毎日見ているはずなのに、何故か今夜のみなもはとても綺麗に思えた。浴衣でめかし込んでいるせいじゃない。まるで、みなもが違う人になったような気がしたんだ。
みなも、と声をかけようとしたその時――
「瑞希姫……なのですか」
背後から凜とした女の子の声がした。他に人はいない。多分みなもに向けて発せられた言葉だ。しかし、みなもは聞こえないのかピクリともしない。
「おい、みなも?」
僕もみなもに声をかけてみたが、やはり返事はない。
ざくざくと細かい砂利を踏んで、声の主が近づいてくる。
「瑞希姫、ではないのですか?」
その子は僕の横に並ぶと、再びみなもに声をかけた。
……瑞希姫、だって? みなもが憧れている救国の姫提督、皇女・瑞希だというのか?
相変わらずみなもに反応はない。ただじっとほこらのような建物を見つめている。
僕は隣に立つ女の子に言った。
「あの、その子は橘みなもと言います。最近僕と一緒にこの島に来た戦巫女です」
僕は女の子の方に向き直って驚いた。さっき神楽殿で踊っていた巫女さんだったんだ。
「みなも? だってどう見ても瑞希姫じゃない」
巫女さんは険のある声で言った。
「じゃない、って言われても、見たことないから知らないよ」
瑞希姫の写真は、何故かほとんど残っていない。あるのは遠くから撮った人相の知れない数枚の写真だけ。瑞希姫マニアのみなもが言ってたんだから、多分間違いないはずだ。
巫女さんは僕を無視してみなもの方に歩いて行った。みなもは微動だにしない。
巫女さんはみなもの顔を覗き込んだ。
「んー、やっぱりそうじゃない。瑞希姫、やっと有人さんの所に戻る気になったんですか? あの……瑞希姫……?」
やっと気付いた、というか我に返ったみなもが、ひっと短く悲鳴を上げて後ずさった。
「だれ……ですか?」
こわごわ巫女さんに言うみなも。まだぼーっとしているようだ。
「ほら、この人さっき神楽殿で踊ってたろ? ここの巫女さん……ですよね」
「ええ。貴女を祀るこの神社の、宮司の娘よ。なにとぼけてるの? 瑞希姫」
「え――? わ、私が?」
みなもがあたふたしているので、僕が割って入った。
「すいません、人違いじゃないですか? 瑞希姫って百年前に亡くなってるはずですよ」
「そうよ。だってここ、お墓だもん」と言って目の前のほこらを指さし、「貴女、瑞希姫の幽霊か転生体でしょ?」とみなもに詰め寄った。
は? てんせいたいってなに?
めずらしくみなもがオロオロしている、ここは僕がどうにかするしかないよな。
「それより巫女さん、貴女こそ何者ですか? 人間じゃない、ですよね」
「はぁ? あんた確か琢磨さんの弟でしょ。なんでわかんないの? 人間よ、人間」
「じゃあ、なんでさっき着物が光ってたんですか」
巫女さんは、はは~んってな顔で、「見えたんだ、一応。ふ~ん。お飾りのボンクラってわけでもなさそうね」と、ちょっと小馬鹿にしたように僕に言った。
「僕が琢磨の弟だったら何なんだよ、さっきっから失礼な人だな。さ、みなも、行こう」
僕はみなもの肩を抱いて、その場を後にした。